晦−つきこもり
>三話目(前田和子)
>F5

由香里姉さん……。
全員を敵にするより、一人でも味方がいるほうがいいわ。
和子おばさん達の儀式がどんなものかわからない限り、二人にはへたに近寄れないし。
由香里姉さんは、わざわざ私を殺したりしないっていったし……。

私は、由香里姉さんのほうに進んだ。
「葉子、
ありがと……ね!!」
「きゃっ……!」
由香里姉さんが、いきなり首に腕を回してきた。

「や、やめ……」
「葉子!!」
良夫が叫ぶ。
「何するんだよ!
葉子を離せ!!」
「ふふ、私はね、自分が助かるためなら何でもするの。あんた、葉子が好きなんでしょ。それ以上近寄ったら、こうよ」

「ぐっ……!」
由香里姉さんが、首を絞めつけてきた。
「やめろ! わかった、わかったから!!」
良夫があわてている。

「じゃあ、私のいうこと聞くわよね」
「何だよ、どうしたいんだよ」
「こっちに来て」
由香里姉さんは、オーバーオールのポケットから、何か小さなビンを取り出した。
どす黒い赤の、やわらかそうな肉塊が入っている。

「私、ちゃんと用意してきたのよ。
ほら、ネズミの心臓。これであんた達に『印』をつけるわ」
「由香ちゃん、やめなさい! 良夫、行ったら駄目よ!!」
「俺に『印』をつけるなら、かあちゃんは見逃してくれよ」

「良夫!!」
和子おばさんが、大きく叫んだ。
「葉子ちゃん、どうして来たのよ?
あんたのせいで良夫がどうにかなったら……」

「そしたらどうするって? 葉子に『印』をつけて、あんたの神様に捧げるの?
そんで殺しちゃうわけ?」
由香里姉さんが勝ち誇ったようにいう。
……苦しい。
どうしてこんなに首を絞めつけるんだろう。

話に夢中になって、手に力が入ってるの?
息が、できな……。
……………………………………… …………………気がつくと、私は布団の上だった。
今、何時かしら。
まだ夜みたいだけど。
あれは夢?

ふすまから、廊下の明かりがもれていた。
誰かが話をしている。
「……葉子ちゃんは
寝てるの?」
「うん」
和子おばさんと良夫だわ。

「いい? 良夫、葉子ちゃんにさっきのことを聞かれたら、知らないっていいはるのよ。変な夢でもみたんだろうっていうの」
「わかってるよ」
「でも、儀式が成功してよかったわ。由香ちゃんはうちの守り神になってくれたしね」

「かあちゃんも残酷だよなあ。あいつ、助けてって泣き叫んでたのにな」
何?
何の話をしてるの?
さっきのは、夢なんかじゃなかったの……?
ふすまから、そっと覗きこむ。

和子おばさんの手には、血が飛びちっていた。
「これでしばらく人間を犠牲にしなくてもよくなったわ。うちは安泰よ。あんたは一流の学校に行き、りっぱな社会人になれるわ」

「うちの家系は優秀な奴が多いもんな。みんな、代々の守り神のおかげだよね」
……和子おばさん達は、一体どんなふうに守り神をたてているんだろう。
『印』をつけた人間をどうするというのだろう?

きっと、知る必要はないんだわ。
深入りしたら、由香里姉さんみたいに殺される。
……次の日、私達の家族は朝一番で家に帰った。
和子おばさんも良夫も、夜の怪談の話題は出さなかった。

私が気づいてないと思っているのね。
泰明さんも、正美おばさんも、哲夫おじさんも。
事実は知らされないで、家に帰ったに違いないわ。
「葉子ネエ、顔色が悪いよ」
良夫が話しかけてきた。

「もしかして、悪い夢でも見たんじゃない?」
悪い夢ならどんなにいいか。
私は、黙って旧家を後にした……。


すべては闇の中に…
              終