晦−つきこもり
>七話目(鈴木由香里)
>F11

そうか!
ならば、僕がいい方法を教えよう。
それは……踊ることさ!
えっ?
一人で踊るのは恥ずかしいって?
今更、何をいっているんだい。

「よーし、それじゃあ全員で踊るしかないな。かの天ノ岩戸が開いて天照大神が姿を現わしたのも、外で他の神々が踊ったからだっていうじゃないか。死霊たちの怒りを鎮めるにはもってこいさ」
そ、そうね……。

「よーし、我が一族に伝わる死霊を鎮める踊りを伝授してあげよう。みんな、立ち上がってくれないか。うん、それでいい」
男の人は、私たちを見回して大きくうなずいたの。
そして……、
「いいかい? 僕の踊りを真似してればすぐに覚えるからね」
そういって男の人は、

「ぷるるん、ぽろろん、ぷるっ、ぷるっ、ぷるっ」
……っていう、意味不明のメロディーを口ずさみながら踊り始めたの。
まずは足を閉じて、膝を曲げたり伸ばしたり……。
次に足を開いて、やっぱり足を曲げて伸ばして……。

大きく腕をまわしたり、腰を左右に捻ったり。
……ちょっと、これって?
私、似たようなのを知ってるわ。
あれは……。
体育の時間に必ずやる……。
そうよ! これって、準備体操じゃない……!!

「どうしたんだい? 葉子ちゃん?
もっと一生懸命踊らないと、死霊を鎮めることはできないよ」
「あの……、これって本当に踊りなんですか?」

「当たり前じゃないか! 君にはこの踊りの素晴らしさがわからないのかい? この踊りはね、魂を鎮める踊りというばかりでなく、身体の健康を保持するダンスでもあり、格闘の舞でもあるという、我が風間一族だけに伝えられてきたものなんだよ」

男の人は、いたって真面目な顔でこう答えたわ。
本気でいってるのかしら……?
「さぁ、踊ろう。まだまだ死霊たちの怒りは解けてはいないぞ。ぷるっ、ぷるっ、ぷるっ」
……どれくらいの時間が過ぎたのか。

「ぷるっ、ぷる…………」
私たちは一睡もせずにずっと踊ってたわ。
いつのまにか、あの男の人の姿は見えなくなってた。
明るい日差しが差し込んできて、初めて、私たちは夜が明けたことを知ったの。
……もう、大丈夫だわ。

みんなも、ほっと安堵の息をもらしてる。
「なんだか喉が乾いたわね」
そういって、和子おばさんが部屋を出ようと襖を開けたの。
すると……!
「きゃーーーーーっ!!」
鋭い悲鳴が上がったわ。

和子おばさんは、何かを避けるように廊下を走っていっちゃった。
「何? どうし……、うっ!」
様子を見にいった哲夫おじさんも黙っちゃうし……。
いったいどうしたの?
哲夫おじさんは、無言で部屋を横切ると、今度は障子を開け……。

「うわっ、ここもだ」
何があったっていうの?
私は、勇気を振り絞っておそるおそる襖を開けてみた。
「ひっ……!!」
引き裂かれた襖。
引っ掻き傷の残る壁と床板……。
そして、ベタベタと残された無数の赤く汚れた手形……。

私は、身体中から力が抜けていくような感覚に襲われていたわ。
もし……。
あの踊りを踊っていなかったら、私たちは…………!?


      (ノーマルエンド)