晦−つきこもり
>七話目(鈴木由香里)
>M7

嫌……!
今、目を開けると、とんでもなく不幸になりそうな気がするもの。
絶対に、嫌!

<そんなこといわずに、目を開けようよ。えーい、嫌だといっても、絶対に開けさせてやるぞ! あっ、アイドルタレントのジョー・サトシがニコニコしながら歩いて来るぞ。ほら、葉子ちゃんに手を振ってる!!>
えっ?
ジョー・サトシ!?

…………って、その手には乗らないわ。
よくある手だもの。
<おや? そのジョー・サトシの横にいるのは、大物時代劇俳優の菅原栄十郎じゃないか……!?>
……えっ!?
菅原栄十郎ですって!?

<ちょ、ちょっと行ってサインもらってこようかなぁ……。いや、僕は菅原栄十郎のファンなんだ。
でへへ……>
ちょっと、抜け駆けは許さないわ!
私だって菅原栄十郎の大ファンなんだから!!
<へへーん。僕なんか、大、大ファンだもんね>

何よ! 私は大、大、大ファンよ!
<じゃあ僕は、大、大、大、大ファン!! 何てったって、彼のデビュー作からチェックしてるからね>
何よ……!
私だって、菅原栄十郎にはちょっとうるさいのよ。

「私は、菅原栄十郎の大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大ファンなの!! デビュー作だって、ちゃんと再放送で見たもん! 映画のビデオだって、鑑賞用、貸出用、保存用って三本ずつ買ってるもの!!」
………………はっ!
いけない! 目を開けちゃった。

さっきまでの強烈な光はもう見えないけど……。
みんなが目を丸くして私を見てる。
私……。
今の……声に出して叫んでたの?
………………………………恥ずかしい。
……………………。

……………………。
…………それにしても。
みんな一言も喋らずに、私の顔をまじまじと見つめてる。
いったい、どうしたっていうのかしら?
もう駄目だわ。
こんな沈黙には、耐えられない。

そういえばあの怪しい声も、もう聞こえてこないし……。
いったい誰の声だったのかしら?
そう思った瞬間……!!
突然、襖が開いたの。
そして、

「まいどーーーっ!! 『びっくり箱でポン!』現場リポーターの風間でーっす!」
……って、笑顔がまぶしい男の人が入ってきたの。
『びっくり箱でポン!』って……、泰明さんの局の番組じゃない。

バラエティー特番でよくある、隠しカメラを仕込んだタイプの驚かせ番組。
わりと高視聴率を記録してるって、聞いたことがあるわ。
でも、その番組が何でこんな所に……?
…………はっ!
もしかして……!?

私は、思いっきり障子を開けたわ。
すると……。
思ったとおり、そこには巨大なライトと集音マイク、でっかいビデオカメラ。
そして、たくさんのスタッフの姿が……。

「やーすーあーきーさーん?」
「もちろん、ギャラ出るんだよねぇ?」
和子おばさんと由香里姉さんは、顔は微笑んでるけど、その口調と背後には怒りがにじみ出てる。
黙って私たちを撮るなんてひどいわ。

私だって、もうちょっとおしゃれしてたはずよ。
こうなったら、ぜひとも本物の菅原栄十郎に会わせてもらわなきゃ!


      (ノーマルエンド)