晦−つきこもり
>五話目(藤村正美)
>B5

葉子ちゃんは、深夜に長電話をしてしまうタイプなのかしら。
あまり、いいことではありませんわね。
相手のおうちにも、ご迷惑だと思いますわよ。
でもとにかく、村岡さんは公衆電話をかけに、消灯後の廊下を歩いていたのですって。

待合室の脇の電話まで行こうとしたのは、私たち看護婦に見つかると、怒られるからだといっていました。
私たちは、患者さんのためを思っていっているのに、わかってもらえないものですわね。
待合室も、もう消灯してありました。

非常口を知らせる緑色の明かりだけが、ボウッと浮かび上がっています。
並んでいる長椅子の後ろを通って、電話まで行こうとしたとき。
ずる、ずる……という、微かな音が聞こえました。
明かりの届かない、廊下の暗闇から聞こえるようです。

村岡さんは、そちらをじっと見つめました。
すると、暗い廊下を、何かがうごめいているのですわ。
ちょうど人間くらいの大きさで、こちらに這って来ようとしています。
闇に慣れた村岡さんの目に、だんだん『それ』の正体が見えてきました。

やはり、人のようです。
でも、両腕をピッタリ体の横につけ、ずるずると進んでくるのです。
よく見ると、白い体は細かく震えて、その振動で動いているようです。
そして頭には、髪の毛や目鼻が、一つもついていないのですって。

妖怪の一種に、『のっぺらぼう』っていますわよね。
あれのようだったそうです。
つまり、白くてのっぺらぼうの、人間そっくりな生き物が、真っ暗な廊下を這いずっていたのですわ。
村岡さんは、あわてて病室に駆け戻ったのですって。

そして、そのまま朝を待ったそうですわ。
この話は、村岡さん本人から聞いたのですけれどね。
うちの病院じゃあ、そんなもの別に、珍しくありませんのよ。
夜の見回りで、同じものを見た看護婦も、何人もいますしね。
そういったら、村岡さんは真っ青になっていましたわ。

それから、その日のうちに無理矢理、退院していってしまいました。
タフな男性に見えましたのに、人は見かけに寄りませんわねえ……うふふ。
村岡さんのような男性が、あんなものに怯えるなんて、不思議でしょう?
理解できませんわよ。

……私の話は、これで終わりですわ。
次の話を聞きましょう。


       (六話目に続く)