晦−つきこもり
>五話目(藤村正美)
>D10

……そうですわよね。
性格のいいミドリちゃんが、自分の体がないというくらいで、消されてはかわいそうですわ。
だから私、茜さんの首を絞め上げました。
「何すんの……っ?」
彼女は声を上げかけましたが、のどを押さえられては、大声なんて出ませんわ。

やがて、彼女はぐったりとしました。
あら……いいえ、殺したりはしませんわ。
職業柄、死なない程度がわかりますのよ。
それから、白い霊体のミドリちゃんに、こういったんですの。

「さあ、早く体にお入りなさい」
ミドリちゃんはためらいながら、スウッと意識のない体に入りましたわ。
入れ替わりに、どんよりした霊体が現れました。
気絶している茜さんの霊体に、間違いありません。

私は、それを両手でつぶしてやりましたわ。
くちゅ、と微かに泡立つような感触がして、霊体は消し飛んでしまいました。
うふふ……これで、万事うまく収まったじゃありませんか。
ミドリちゃんは自分の体を手に入れたし、御両親だって性格のいい娘の方が嬉しいでしょう。

ああ、でも、ミドリちゃんの正体が、どこの何者かは聞きませんでしたわ。
もしかしたら、園部さんとはなんの関係もない霊だったかもしれませんわね。
…………別にそんなことは、どうでもいいことですけれど。
うふふ……。

正美おばさんは、肩をすくめて笑った。
ひやり、と冷たい空気が頬をなでた。
わずかに開いた、ふすまの向こうからすきま風が……。
うっかり、そっちを向いた私に、さっき良夫の話の後で見た、光る何かが見えてしまった。

二つ並んでギラギラ光る、憎しみに満ちた目が!
「お、おばさん……あ、あ……」
歯の根もあわないくらい震えながら、私はふすまを指差した。
「……………………」
正美おばさんは、黙ったまま立ち上がると、ふすまの前に立った。

そのまま、勢いよく引き開ける。
ぱんっと小気味よい音をさせて、ふすまが全開した。
その瞬間…………私は見た。
正美おばさんが、手刀でふすまの陰の白いモヤを、断ち切ったのを。

モヤは、おばさんの手が触れるか触れないかのうちに、フッと消えてしまった。
それから、おばさんはゆっくり振り向いた。
「嫌ですわねえ、しつこくて。いくら散らしても、きりがないんですもの」
そういって、にっこり微笑む。

見慣れた微笑みなのに、刃物のような鋭さを隠しているみたいな感じ。
なんだか……怖い。
正美おばさんって、こんな人だったかしら?

「どうしたんですの、葉子ちゃん。
さあ、次の人の話を聞きましょうよ」
そういいながら、おばさんは私の肩に手を置いた。
冷たい感触に鳥肌が立つ。
ヌラヌラと光るおばさんの目が、私を見ている。

こわばった舌を無理に動かして、私は必死にしゃべろうとした。
「そう……よね。じゃあ、次は…………」


       (六話目に続く)