晦−つきこもり
>五話目(藤村正美)
>O6

……そう思うんですの?
残念ながら違いますわ。
好きな男の子に、現場を見られてしまったのです。
その少年は、息せききって走ってきました。
そして、園部さんの襟首をつかんだのですって。

「おまえ、何してんだよっ!」
怒っている顔に、園部さん……いいえ、ミドリちゃんが、死んだ小鳥を押しつけました。
「うわあっ」
少年は、叫んで手を放してしまったのですわ。
その隙を逃さず、ミドリちゃんは園部さんの体で走り出しました。

「きゃはははっ!!」
大声で笑いながらね。
少年は腹を立てて、その後を追いましたわ。
園部さんは、青ざめて叫びました。
「や、やめてえ!」
でも、それは声になりませんでした。

校舎に入り、階段を駆けのぼるミドリちゃんを、少年が追いかけます。
そしてとうとう、屋上の端まで来てしまったのですわ。
そのときでした。
ミドリちゃんは振り返り、少年に抱きついたのです。

「何すんだよっ!!」
驚いた少年は、必死に振りほどこうとします。
けれど、ミドリちゃんは全身の力で、少年にしがみついているのですわ。

「茜の好きなものなんか、みんな壊してやるっ!!」
そう叫ぶと、抱きしめた少年ごと、ミドリちゃんは屋上から飛び降りました!
「わーーーーっ!」
少年の悲鳴が、長く尾を引いて落下していきます。

気づいた近所の人が駆けつけたときには、もう少年の息はなかったのですって。
でも、園部さんは無事でしたわ。
そして、病院へ運ばれたというわけですの……。
正美おばさんは、そういって口をつぐんだ。

うなだれて、なんとなく悲しそうに見えるけど……?
「私は、園部さんに頼まれたのですわ。その少年を、助けてあげてほしいと……」
細い声で、おばさんが続ける。
その真剣な顔が、不意に振り向いて良夫を見た。

「良夫君……もう、気づいてもいい頃ですわよね」
弾かれたように、良夫が立ち上がる。
「な、なんだよ、それ! 変なこというなよな」
「良夫君」
リンと澄んだおばさんの声が、良夫を黙らせる。
ううん、良夫だけじゃない。

この場にいる誰もが、何もいえなくなってる。
「良夫君……あなたはもう、死んでいますの。早く気づかないと、成仏できなくなりますわよ」
正美おばさんの手が、ポオッと明るく光った。

その光に照らされて、良夫が…………薄れるように消えていく!?
「良夫っ!」
あわてて立ち上がった私たちの目の前で、良夫の姿は完全に消えた。
そんな……。
こんなことってあるの!?

「……園部茜さんは、私にいったのですわ。ミドリちゃんのせいで、良夫君を浮遊霊にしたりしないで……と。もともとミドリちゃんも、体をなくした哀れな霊魂だったのです。たまたま、霊を見ることのできる園部さんに、とりついたのですわね」
正美おばさんが、何かいってる。

でも……理解できない。
まともに物が考えられないわ。
良夫が、目の前で消えるなんて……。

「ミドリちゃんは、生きているもの全てを憎んでいたのですわ。それも、もうおしまい。彼女も私が、成仏させてしまいましたからね……」
ひとりごとのように、正美おばさんが話し続けている。
正美おばさん……?
ううん、違うわ。

法事が始まる前、和子おばさんがいってたじゃない。
正美おばさんは、今日は来れないって連絡があったはず……。
それなら、今ここにいる人は?
必死に考えても、全然わからない。

ボウッとしている私たちの目の前で、正美おばさんと名乗った、見知らぬ女の人が部屋を出ていった…………。


すべては闇の中に…
              終