晦−つきこもり
>三話目(前田良夫)
>B3

そうなんだ。
でこぼこの頭に尖った耳、はれあがったまぶた、耳まで裂けた口の中には、きれいに生え揃った歯。
それが、本の挿し絵なんかで見る悪魔に、よく似てたんだってさ。
やることも、またすごいんだよ。
両手で、生のアジとかサンマをつかんで、頭からバリバリ食っちゃうっていうんだから。

ちょっと、気味悪いよな。
それに、家の人が階段を下りようとすると、急に後ろから、ぶつかって来るんだって。
落っこちてケガした人もいるらしいぜ。
庭を歩いてると、急に植木鉢が落ちてきたりさ。
そのときも、上を見たら、その赤ん坊が窓から覗いてたって。

「フギャーーッ!!」
って、ものすごい悲鳴が聞こえて飛んでったら、飼い猫の目に指を突っ込んで、ケラケラ笑ってたっていうんだからさ。

赤ん坊どころか、人間とも思えないよな。
なのに、その家の人たちは、そいつを大切に育ててたんだって。
それで調子に乗って、赤ん坊の悪さは、どんどんエスカレートしてった。
赤ん坊の親が夜、部屋で寝てたんだって。

真夜中過ぎくらい、妙な音で目が覚めた。
静かで暗い部屋の中に、シューシューと何かがこすれるみたいな、そんな音だけが流れてる。
ボンヤリしてた頭が、その瞬間ハッと冴えた。
ガスだ!
あわてて起き上がると、頭がクラッとした。

かなりやばい状態だよな。
這うようにして、必死に元栓のところまで行ったんだって。
全開になってた元栓を、力の抜けた指で閉めると、廊下に転がり出たんだ。
そしたら、暗がりで何かが動いた。
ぎょっとして振り向くと、赤ん坊がいたんだって。

親と目があうと、にやーっと笑って、ハイハイで戻って行ったらしいよ。
このままじゃあ、いつかきっと殺される。
親は、そう予感したってさ。
そんなある日のことだったよ。
父親が、庭の手入れをしていたんだ。

家の横の、花壇にかがみ込んだときだった。
ヒュッという音とともに、頭の上に影が差した。
とっさに、父親は後ろに飛び退いた。
その体をかすめて、大きなプランターが落ちてきたんだ。
陶器製のプランターは、粉々になった。

これは、二階の出窓に飾っておいた物に、間違いない。
父親が立ち上がって、二階を見上げた。
「ギャーーーーッ!!」
悲鳴をあげながら、目の前を、もう一つの物体が落下してきた。
ゴツッと重い音をさせて、それは花壇を区切ってるレンガブロックの上に転がった。

見ると……例の赤ん坊だったんだよ!
きっと、プランターを落とした拍子に、バランスを崩したんだ。
頭から血を流して、ぐったりしてる。
もう、意識もないみたいだ。
父親は、大声で母親を呼んだよ。
二人が見ている前で、悪魔のような赤ん坊は、息絶えた。

次の瞬間、赤ん坊の体が、どろっと溶け始めたんだよ。
「急げ!」
親たちは、先を争うように、溶ける肉や骨を素手でつかんだ。
そして、そのまま自分の口の中に、押し込むんだ!
噛まないでムリヤリ飲み込むと、さらにもう一口頬張ってさ。

溶けるより先に、少しでも多く食おうとしたんだって。
ほとんど食い尽くした後、親たちは顔を見合わせた。
何となく、以前より若くなって張りのある肌。
二人は、満足そうに笑ったんだって。

……あのさ、何かの呪術を使うと、悪魔のような外見と心を持った赤ん坊が、生まれるんだって。
そいつは絶対長生きしないんだけど、それまで大切に育てるんだ。
それで、死んだときに、そいつの肉や骨を食うと、若返りの秘薬になるんだってさ。

赤ん坊の両親たちは、初めからそのつもりで、そんな赤ん坊を育ててたんだなあ。
そう考えると、ちょっとかわいそうな気もするけどさ。
これで、俺の話は終わりだよ。
次は誰が話すわけ?


       (四話目に続く)