晦−つきこもり
>三話目(前田良夫)
>D8

「由香里姉さん……い、今の話の子守って……」
「偶然ってあるもんなんだねえ」
私の問いを、姉さんの声がさえぎった。
「今のなんて、私の話にそっくりじゃん。それで、和子おばさん。
その子守の子は、どうしちゃったのさ?」

「……逃がしたに決まってるでしょ。良夫に悪さばっかり教えるから、ちょっと懲らしめただけよ」
和子おばさんは、少しだけ青ざめた、厳しい表情のまま答える。

「へえ、そうなんだ。でも確か本家って、昔ながらの土着の神様を、まつってるんだよね。その神様って、いけにえを欲しがったりしないの?」
姉さんの顔も青い。
緊張感で、空気がパリパリと放電してるみたい。

「馬鹿いわないで。あんたのおじいさんが、本家を継げなかったからって、ひがむことないでしょ」
和子おばさんの声に、由香里姉さんの顔が、バッと赤黒くなった。
何かいおうと、口を開ける。
その瞬間。

「あれ? もう終わっちゃったの?」
のんびりした声とともに、良夫が起き上がってきた。
正美おばさんが、静かにいう。

「良夫君は、今話した内容を覚えていませんわ。そろそろ、次の人の番ではなくて?」
毒気を抜かれたように、和子おばさんと由香里姉さんが、音もなく座った。
なんとか、この場は収まったみたい。
だけど、今の話はなんだったの?

由香里姉さんは、本当に良夫のベビーシッターをしたのかしら。
それに、前田本家のまつっている神様って?
大体、こんな話を聞いたのに、なぜ誰も驚いた顔をしないの?
泰明さんも、正美おばさんも、哲夫おじさんも……。
……まさか!

まさか、みんな知ってて…………!
「葉子ネエ、俺どんな
話したの?」
キョトンとした顔で、良夫が尋ねてくる。
でも、いえやしないわ、こんな話。
どれが本当で、どれが嘘かさえ、わからないんだもの。

私は恐怖を押し隠して、良夫の質問をわざと無視した。
「じゃあ、次に話してもらうのは…………」


       (四話目に続く)