晦−つきこもり
>三話目(前田良夫)
>F8

「由香里姉さん……い、今の話とさっき、どっちが本当なの……」
「さあ、どっちだろうね」
由香里姉さんが、肩をすくめた。
「まさか催眠術とはね。良夫は覚えてないだろうし、おばさんがいうわけないしさ。安心して話しちゃったのが、まずかったよねえ」
そんな……信じられない。

何となくわかってはいたけど、まさか本当に、二つの話が繋がってたなんて。
「まだ、跡取りとして目覚めてない良夫に、大量の血を流させる。
うまくすりゃあ、力が暴走して、良夫は食われちゃうはずだったのさ」

「そうはさせるものか! 前田家は、私の子供が継ぐんだよ。
やっぱりあのとき、おふるど様に捧げておけばよかった!」
目をつり上げた、和子おばさんが立ち上がる。

「残念だったねえ。ばあさんは、本当は本家より、うちのじいさんが好きだったのさ。だから、私を助けてくれたんだよ!」
由香里姉さんが、折り畳みナイフを取り出して、構えた。

「今日は、本家の力を頂くよ。
おふるど様を、私のものにするんだ!」
「殺してやるっ!」
和子おばさんが飛びかかった。
両脇から、泰明さんと哲夫おじさんが押さえる。

「落ち着いて、おばさん!」
「どうしちゃったんすか、二人とも!」
正美おばさんも、由香里姉さんの前に立ちはだかった。
「おやめなさい!」
「うるさいな。そのしゃべり方、大っ嫌いなんだよ!」
ヒュッと風を切る音がして、ナイフが一閃した。

正美おばさんが、ゆっくり倒れる。
その首から、ドクドクと血があふれ出し、畳を汚していく。
「由香里ちゃん!」
驚いた泰明さんたちの、一瞬の隙を、和子おばさんは見逃さなかった。
隠し持っていたアイスピックが、哲夫おじさんの厚い胸を貫く。

そして振り向きながら、泰明さんの目に突き刺した。
「ぎゃあああっ!!」
二人は、畳の上で転げまわっている。
和子おばさんは、ニヤリと笑ってアイスピックについた血をなめ取った。
由香里姉さんも構え直す。

「覚悟しなよ、ばばあ!」
「おだまりっ!!」
二人は同時に駆け出し、激しくぶつかりあった!
「……う……ううっ」
倒れたのは、おばさんの方だった。
「前田家は……私の……」
血の吹き出すお腹を押さえながら、おばさんが倒れる。

その顔を、由香里姉さんが踏みつけた。
「ざまあみな。これから、おふるど様は私のものさ。あっはははは!」
何かにとりつかれたような笑い声。
こんなこと、信じられない!
私はきっと、悪い夢でも見てるのよ。

「あははは……ぐうっ!?」
突然、姉さんが血を吐いた。
「く、苦しい……なぜ……?」
崩れ落ちる由香里姉さんの向こうには、上半身を起こした良夫の姿。
「おふるど様は、俺の方がいいってさ」
冷酷な表情で、ニヤニヤ笑っている。

まるで良夫じゃないみたい。
震える私に、手を差し伸べる。
「葉子ネエ……俺といっしょに、この家で暮らそう。おふるど様がいる限り、前田の本家は栄えてくんだから」
その目が、妖しく輝いている。
触れもしないで、由香里姉さんを殺した力……あれも、おふるど様の威力なの?

なんだか嫌な感じがする。
この力は、悪いものの力だわ。
おふるど様の正体が何かは、わからない。
だけど、こんな家で暮らすなんて、絶対にいや。

「断るわ……」
「じゃあ、死になよ」
良夫の目の光が、一瞬強まった。
心臓をわしづかみにされたみたい!
く、苦しい……!!
私の意識は、急速に暗黒に沈んでいった。


すべては闇の中に…
              終