晦−つきこもり
>三話目(前田良夫)
>I6

…………ああ、うん。
そうだな、話を続けなきゃ。
……あいつは、小鳥のカゴから、一羽をつかみ出した。
それから、ギュッと握りしめたんだ。
小鳥、鳴き声もあげなかったよ。
ぐったりした小鳥を握ったまま、あいつは目をつむった。

すると、小鳥から白いモヤみたいなものが出て、あいつの口の中に入ってったんだよ。
不思議な光景だった。
あいつは、そうやって二羽の小鳥を殺して、モヤみたいなのを食っちゃったんだ。
そういえば、あいつの周りには、動物や虫の死骸が落ちてることが多かった。

俺はついて歩いて、その力を見せてくれって、よくせがんでたっけ。
あの白いモヤは、動物たちの命だったんじゃないかなあ。
肉体から離れた瞬間に、それを食ってたんだよ。
人間だって、牛や魚を殺して食うじゃん。

その、ちょっと変わったやり方だと思ってた。
ガキだったんだなあ……。
ある日のことだったよ。
あいつと俺とで、駅の前まで散歩に行ったんだ。
ロータリーでは、乗合バスが発進するとこだったっけ。
俺、乗り物好きだったから、夢中で見てた。

そしたら、バスがロータリーから出ようとしたとき、道の向こうから、トラックが突っ込んできたんだよ!
横倒しになったバスから、火の手が上がった。
熱くって近寄れない。
消防車が来るまで、そこにいた人は、何もできずに待つしかなかったんだ。

そのとき、俺は見たんだよ。
バスの中から、白いモヤのようなものが、いくつも漂い出てくるのをさ。
中の人たちが死んだんだ。
モヤを見慣れてた俺には、すぐにわかったよ。
モヤは、フワフワとあいつの口に吸い込まれていった。
一つ、二つ、三つ、四つ……。

ううん、もっとだったな。
十や二十なんてもんじゃなかった。
ちょうど、ラッシュの時間だったのかもしれない。
数え切れないほどのモヤが、どんどん、あいつの口に流れ込んでる。
嬉しそうだったあいつの顔に、途中から脂汗がにじんでたっけ。

それでもまだ、モヤの洪水は終わらない。
どんどん、どんどん口の中に入ってく。
そして。
あいつの姿が、ほんのいっとき、こわばって見えた。
そして、次の瞬間、バサーッと砂みたいに崩れ落ちちゃったんだよ。

その砂も、風に舞い散って終わり。
人間が、ほんの数秒間で、きれいさっぱり消えちゃったんだ。
俺は泣きながら家に帰った。
いくら説明しても、あいつが消えたって理解してもらえなかったけどね。
しょうがないよなあ、こんな話…………。

……………………………………… 。
……………………………………… 。
……………………………………… 。
良夫は、それっきり黙り込んだ。
正美おばさんが、かがみ込んでパンッと手を鳴らす。

「……うう?」
良夫の目が開いた。
びっくりしたように飛び起きて、きょろきょろしてる。
「あれっ、もう終わっちゃったの?」
正美おばさんが、静かにいう。

「良夫君は、今話した内容を覚えていませんわ。そろそろ、次の人の番ではなくて?」
「葉子ネエ、俺どんな
話したの?」
キョトンとした顔で、良夫が尋ねてくる。
でも、いえやしないわ、こんな話。

そもそも、ちょっと本当とは思えない話よね。
だけど、催眠術にかかってるのに、作り話なんて、できるものかしら?
私は混乱を隠すように、わざと明るい声でいう。
「じゃあ、次に話してもらうのは…………」


       (四話目に続く)