学校であった怖い話
>一話目(新堂誠)
>E4

そうだよな。
こんな時は、なんて言ったらいいか分からないよな。
吉岡は、長い間黙っていたんだ。
すると、彼女の目つきが変わってな、吉岡君は私のこと愛してないんだ、どうせ他人なんだ、私を理解してくれる人は誰もいないんだ、なんて言って、かけだして行ってしまったんだ。

次の日、彼女は学校にやってこなかった。
次の日も、その次の日も、彼女はやってこなかった。

最初は、風邪か、ちょっとした仮病だと思っていた吉岡も、だんだんと心配になっていった。
そして、学校でも変な噂が立つようになった。
目黒さんが行方不明になったとか家出したとかね。

あの話を知っているのは、吉岡だけだった。
もちろん、吉岡はあの鏡の話を信じたわけじゃない。
それでも、責任を感じたのさ。
あのとき、自分がもっと彼女の話を真剣に聞いてやれば、こんなことにはならなかった。
家出なんか、しなかったはずだってね。

いつまでたっても、彼女は帰ってこなかった。
音沙汰もなかった。
それでも、吉岡は彼女のことが忘れられなかった。
それどころか、いなくなって初めて彼女の存在の大きさに気づいたんだ。

会いたい。
彼女に会いたくて仕方がない。
けれど、どこにいるのかわからない。
そんなある日だった。

吉岡がぼんやりと自分の部屋のベッドで寝っ転がっていると、突然、空中から笑い声が聞こえるじゃないか。
「あはははは……あはははは……」
そりゃあもう楽しそうな声だった。
気味が悪いというよりも、不思議な感じだった。

何もない空間から、エコーのかかったような声が聞こえてくる。
適当に音量をいじくっているかのように、時には大きくなったり、時には小さくなったり、この世のものとは思えない不思議な声だった。

「目黒さん! 目黒さん、どこにいるんだ!」
吉岡には、その声が誰の声なのか、すぐにわかった。
忘れるはずもない、彼女の声だったのさ。

しかし、
声は応えてくれなかった。
吉岡のことを無視して、笑うばかりだ。
その時、吉岡は今まで忘れていたことを思い出したのさ。
そう、あの鏡の話さ。

最初から冗談だと決めつけていたから、あの鏡のことは忘れていた。
いや、忘れるようにしていたのかもしれない。

「あははは……楽しい。あはははは……おもしろい」
声は、本当に楽しそうだった。
そして、それは吉岡のことを忘れているかのようだった。

「目黒さん。君は、本当に異次元に行ってしまったのか? あの鏡を通り抜けて、異次元の世界へ行ってしまったのかい?」
吉岡は、自分に言い聞かせるように呟いた。
そしてそのまま、すぐに声は消えてしまった。
そして、二度と声が聞こえることはなかった。

吉岡は、目黒さんに会いたくてたまらなくなった。
そして、あの踊り場の鏡のところに行けば会えると思い始めた。

そして、行ってみたんだ。
勇気を出して、あの鏡の前に。
けれど、何も起こらなかった。
何度行っても、何も起きなかったんだ。

そりゃあそうさ。
あいつは、真っ昼間に行ったんだからな。
やっぱり、夜中の三時三十三分三十三秒に行かなければだめだと、吉岡はため息を漏らした。

でも、怖かった。
夜中、あんなところに一人で行くのが怖かったんだな。
それで、俺のところに相談に来たわけさ。
しかし、俺がそんな話を信じると思うか?

吉岡が真面目な顔で話せば話すほど、俺はおかしくなっちまった。
笑いをこらえるのに必死だったよ。

「頼むよ。一緒についてきてくれるだけでいいんだ。真夜中の学校なんて、一人だと怖いんだよ。お願いだよ、一緒についてきてくれよ」
俺は、いい加減うんざりしてきた。
あんまり、あいつがうるさく言うものだから、追い払うために軽い気持ちで言ってやったのさ。

「ああ、いいよ。夜中の三時に、校門の前で待ってるぜ」
ってね。
あいつ、嬉しそうにニタニタ笑ってたなあ。
そういえば、あいつの笑った顔っていうのも、あの時初めてみた気がするよ。
最初で最後の、あいつの笑顔さ。

それで、学校が終わって家に帰って、しばらくの間、俺はその話を忘れてた。
夜中になって、そろそろ寝ようかなって思ったときに、ふと吉岡の顔を思い出しちゃったんだよな。

時計を見ると、夜中の二時。
行こうと思えば、まだ約束に間に合う時間さ。
あいつのニタニタ笑う顔を思い出すと、何だか寝つけなくってさあ。
けれども、今から学校に行くのなんて面倒臭いし。

それに、もしあいつが来てなかったら、馬鹿をみるのは俺だしな。

行くべきか、行かないべきか、俺は悩んだよ。
結局、どうしたと思う?
1.学校に行った
2.学校に行かなかった