学校であった怖い話
>四話目(新堂誠)
>D7

畑中は、夜になって、みんなに話したのさ。
あの時、あの遊びに参加した連中にな。
「馬鹿いってんなよ、亨。そんなことあるかよ」

「お前、夢でも見たんじゃねーか?」
みんな、笑い飛ばしたさ。
けれど、目は笑っていなかった。
みんな、内心は恐怖におののいていたからな。

「……お前ら、あのとき、赤坂のグローブも一緒に埋めたのかよ」
みんなが押し黙る中、畑中はぐるりと見回して尋ねたんだ。
みんな、お互いの顔を見合わせた。
改めて尋ねられると、よく覚えていない。
なんせ、一年前の出来事だ。

確かに死体は埋めたけれど、あのとき、一緒にグローブは埋めたのか……?
死体を埋めるのに夢中で、ひょっとしたら、グローブは埋め忘れたんじゃないだろうか……?
いや、そんなことはないはずだ。
もし、埋め忘れていたら、捜索隊が出たときに、あのグローブを見つけられている。

だとしたら……誰かのいたずら?
「確かめに行ってみるか」
畑中の言葉に、みんなは驚いたよ。
二度と行きたくない場所に、どうして自分から行かなきゃならないんだ?

「……冗談だよ」
畑中は、自分の言葉を打ち消して笑った。
みんな、その言葉を聞いてほっとしたようだった。

そして、その日は終わった。
みんな、赤坂のことを考えながら、眠りに落ちていったのさ。

次の日。
午前の練習を終え、昼食をすませると、畑中たちは午後のしごきを楽しみに待ったんだ。
仮設のリングに行き、赤坂の思いを断ち切ろうと、これからのしごきに神経を集中した。
「……おかしいな。誰も来ないぜ。先輩も一年もなにやってんだ」

練習の時間になっても、誰もこない。
「あ、来たぜ!」
不思議に思っていると、たった一人だけ、頭からタオルをかぶってこっちに向かってくるじゃないか。
誰だかわからないが、先輩じゃないようだ。

「遅いぞ! 早く来い!」
畑中は、はやる気持ちを押さえ切れず、声を荒だてた。
そいつは、何も答えなかった。
手に真っ赤なグローブをはめて、ゆらゆらとまるで地に足がついていないような足取りで、ゆっくりゆっくり歩いてきた。
「……お待たせしました」

聞こえるか聞こえないかわからないような弱々しい小さな声だった。
「早く、リングに上がれ。俺がしごいてやる」
そういって、リングに上がったのは畑中だった。
「……お世話になります」

そいつは、ゆっくりとぎこちなくリングに上がった。
まるで、ガイコツのような身体だった。
「さあ、そんなタオルとっちまえ!」
そいつの頭からタオルを奪い取った畑中は、自分の目を疑った。

そうさ……そいつは紛れもない赤坂だったのさ。
「……あ、赤坂」
畑中はそういうのがやっとだった。
「……さあ、このグローブをはめて、僕のことを殴ってくれよ」
そういうと、赤坂は、自分の手からグローブをはずしたのさ。

本当にガイコツのような手だった。
指の筋だけがポコンと膨らんでいて、骨に皮だけが張りついているようだった。
「や、やめてくれ、赤坂……俺が、悪かったから」
畑中は、動けなかった。
足に根が生えてしまったように、そこから一歩も動けなくなっていた。

それは、畑中だけじゃなかった。
その場にいた、赤坂を殺した連中は誰一人として動けなかった。
「……………………」
赤坂は、何も答えなかった。
そして、畑中のグローブをはずすと代わりに自分のグローブをはめたのさ。

「うぎゃあ!」
グローブをはめられた畑中は、とたんに苦痛に顔をゆがませ、絶叫した。
「……さあ、それで僕を殴っておくれよ」

みんなは、呆気にとられていた。
死んだはずの赤坂がその場にいることと、ただグローブをはめられただけで叫び声をあげる畑中の両方に恐怖を覚えたのさ。

畑中は、力なく拳を振り上げ、それでボコボコと赤坂を殴ったんだ。
殴っているというよりは、なでている感じだった。
それなのに、なぜか殴っている畑中の方が苦しそうだった。

そして、グローブをはめた隙間から赤い血がだらだらとこぼれ始めたのさ。
「ゆ、許してくれよ、赤坂。痛いよ、やめてくれよ!」
畑中は、殴らされているという表現がぴったりだった。
赤坂にいわれ、まるで操られているような雰囲気だった。

「……さあ、今度は君だよ」
ひとしきり畑中が殴り終わると、今度は赤坂の目が、別の一人にとまったのさ。

そいつは、叫び声をあげて嫌がったけれど、足は逆らえず、勝手にリングに上っていった。
赤坂は、ゆっくりと畑中の手からグローブをはずした。
畑中の両手は、血で真っ赤に染まっていたよ。

そして、はずしたグローブから、血で濡れた古釘がボロボロとこぼれ落ちたんだ。
赤坂のグローブには、釘が目いっぱい押し込んであったのさ。
はずすと同時に、畑中はその場に倒れ、二、三度身体を震わすとそのまま動かなくなった。
ショックで気を失ったのさ。
「……さ、君の番だから」

そして、今しがたリングに上がったそいつに、釘だらけのグローブをしっかりはめたのさ。
誰も逃げられなかった。
全員が、赤坂の思うがままだった。
赤坂は、一人ずつ血の制裁を行っていった。
一人も許すことなく。

彼らが発見されたのは、それからまもなくのことだった。
いつまでたっても仮説リングにやって来ない畑中たちを、先輩たちが捜したのさ。
畑中たちは、仮説リングになんかいなかったんだ。

彼らは、合宿所の裏で見つかったんだ。
……そう、赤坂を埋めた場所さ。
彼らは、幻覚を見たのかもしれない。
そして、赤坂の亡霊に誘われたのかもしれない。
発見された畑中たちは、全員死んでいたよ。

手を血まみれにしてね。
全員、ショック死だったらしい。

辺りには、泥だらけのグローブが一組落ちていたそうだ。
古釘の詰まった、やけに重いグローブがね。
そんな事件があってから、ボクシング部はあっという間に衰退したよ……。
誰も入らなくなったし、みんな、逃げるようにやめていったしな。

……なあ、坂上。
お前、赤坂ってどんな顔してたか知りたくないか?
1.知りたい
2.知りたくない