学校であった怖い話
>四話目(岩下明美)
>A5

あら、用意がいいわね。
雨が降ったら、ちゃんと傘をさすんだから当たり前ね。

梅雨の季節は特にそうじゃないとね。
でもね、置き傘をしていても、突然雨が降りだしたら、その傘を使ってしまうでしょ。
面倒くさくて、それでも傘をささない人は別として。

それで、次の日が晴れたら、置き傘を持ってくるのって、ついつい忘れてしまうのよね。
置き傘を、三本も四本もしている人って単に不精なだけよね。
だから、梅雨の季節は、雨が降ろうと降らなかろうと、毎日傘を持っていないとダメよね。
普通は、なかなかできるものじゃないわ。

まめじゃないとね……。
だから梅雨の季節は、よくゲタ箱のところで雨宿りをしている人を見かけるわ。
濡れてもいいから、早く帰ろうとして雨の中を走っていく人もいるけれど、そんな人の気がしれないわ。

なんで、自分からわざわざ不快な気持ちになろうとするのかしら。
でも、たいていはそんな人を横目で見ながら雨がやむのを待つわよね。

でもね、女の子にとっては、それが絶好の恋のチャンスでもあるのよ。
雨宿りしている男の子に、そっと傘を差し出す。
それが恋の始まりだったっていうパターン、珍しくないのよ。
私は、そういうの嫌だけど。

昔ね、立花ゆかりさんていう人がいたのよ。
彼女ね、好きな人がいたの。
名前を塚原浩君ていったわ。
立花さんは、決してかわいくない女の子じゃなかったわ。
どちらかというと、かわいい子。

でも、おとなしくて飛び抜けて目立つようなタイプではなかったわ。
花に例えれば、野に咲くかれんなスミレか、わすれな草といった感じかしら。

でもね、飛び抜けて目立つような花ではなかったの。
それに引き換え、塚原君は、ものすごくカッコよかったの。
だから、もてたわ。
いつも、女の子の取り巻きがいて、キャーキャー騒がれていた。

日本人ばなれした顔立ちで、目鼻立ちがはっきりしていて、まるでモデルみたいだったの。
もっとも、私も二人とも見たわけじゃないから、顔は知らないけれどね。

はっきりいって、塚原君て、あまり性格はよくなかった。
もてるのが当然だと思っていたし、スター気取りだった。
だから同性からは嫌われていたわ。

でも、塚原君はそんなこと気にしていなかったし、逆にそれが優越感でもあり、天狗になっていたわ。
正直いって、嫌な奴だったの。
それでも、立花さんは、そんな塚原君にあこがれていたわ。

けれど、控えめな立花さんは、自分から声をかけるなんてできなかったし、いつも遠くから見ているだけだった。
そんな立花さんに、神様はチャンスをあげたの。

梅雨の季節、傘を持っていなかった塚原君が雨宿りをしているときよ。
私が、さっき話したシチュエーション。
その時、偶然取り巻きは誰もいなかった。
そして、立花さんは傘を持っていたの。
大きな赤い傘をね。

こんな絶好のチャンス、ほかにあって?
これを逃したら、もう一生塚原君と話す機会なんかない。
そう思った立花さんは、ためらわず塚原君に歩み寄ったわ。
「……あのう、どなたか、お待ちなんですか?」

「いや、別に。
雨が降っちゃってさあ、仕方ないから雨宿りしてんだよね。
髪、濡らしたくないし。
まったく、いやんなっちゃうよな、このバカ空がよぉ」

そういって、彼は天を憎むような目で空をなじったわ。
「……あの、どうぞ。一緒に入っていきませんか?」
立花さんは、その赤い傘を差し出したわ。
「あ、そ。悪いね。助かっちゃったよ。
君、どっち?」
ずうずうしい塚原君は、そんな誘いを断るわけもないわよね。

「……あの、塚原さんはどっちなんですか?」
「あれ? 俺の名前知ってんだ。まいっちゃったなあ。あ、俺んち、向こう」
塚原君が指さした方向は、立花さんの向かう駅とは反対方向だったの。
「あ、私も同じです」

でも、立花さんはそういって微笑んだわ。
せっかくのチャンスですもの。
それくらいの嘘、平気だった。

そして、二人は一つの傘で肩を並べて歩いたわ。
立花さん、すごくうれしかった。
このまま時間が止まってしまえばいいって思ったの。
この幸せが続くのなら、どうなってもいいとさえ思ったわ。
「君、名前なんていうの?」
「立花ゆかりっていいます」

「あ、ゆかりちゃん。
ゆかりちゃんさあ、どっかで会った?」
「……いえ。初めてだと思います」
「へえ、それなのに、俺のこと知ってたんだ。
どうして?」

塚原君て、そういう性格なのよ。
私だったら、殺しているかもしれない。
でも、立花さんてまじめだったのよね。
「……あ、私、塚原さんのファンでしたから」
「へえ、嬉しいな。ありがとう」
そういって、塚原君は、立花さんの肩を抱き寄せたわ。

塚原君にとっても、彼女のような子は珍しかったのね。
どちらかといえば、積極的でキャーキャー騒ぐタイプの子が、周りには多かったでしょ。
だから、立花さんのような子は、新鮮に映ったのね。
「ゆかりちゃんて、かわいいなあ。
俺、彼女にしてもいいよ」

もちろん、冗談半分に決まっているわ。
ほんの軽い気持ちで、誰にでもいっているセリフ。
それでも彼女にとっては違ったわ。
立花さんは、今にも心臓が飛び出しそうだった。
嬉しくて嬉しくて、気が変になりそうだった。

そして、これが夢じゃないことをお祈りして、神様にありがとうっていったの。
「よければさあ、これから俺んちに遊びに来ない? 俺、ゆかりちゃんのこともっと知りたいし、気が合いそうだからさ」

立花さんは、断るはずもなかったわ。
二つ返事で、彼の誘いを受けたわ。
悪魔の誘いをね。

ねえ、坂上君。
あなた、この塚原君て奴のことどう思う?
ひょっとして、あなたと似てたりしてね。
1.なんて、嫌なやつだ
2.しょせん、男なんてこんなもんさ