学校であった怖い話
>四話目(岩下明美)
>D6

なんですって!
もう一度、おっしゃい!
坂上君は、そんな人だとは思わなかったわ。
そんなやつが、この世にはびこっているから、いけないのよ。
あなたもその一人だったなんてね。

優しそうな顔をして、思ってることはとんでもないのね。
あとで、個人的に話があるから首を洗って待ってらっしゃい。
お説教してあげるわ……。
ふふふ。

立花さんは、塚原君についていったわ。
そして、彼の家に上がり込んだの。
両親はいなくてね。
まあ、それがわかっていたから、彼も誘い込んだんでしょうけど。
もう、蜘蛛の巣にかかった蝶よね。

逃げようと思っても、彼は逃がしてくれないでしょう。
でも、立花さんは、逃げる必要はなかったから。
逃げようなんて思わなかったから。
彼女もまた幸せだったんですもの。

塚原君と二人っきりになれて、これ以上の幸せはないものね。
立花さんは、もう塚原君の言いなりだったわ。
本当に幸せな日々だった。

学校でも、彼女は塚原君にべったりだったわ。
でも、取り巻きの連中は、怒りもしなかったし、立花さんに文句をいいもしなかった。
ただ遠巻きに見て、せせら笑っているだけ。
まるで、結末を知っているかのようにね。

そして、その結末はすぐにやってきたの。
塚原君が、立花さんに飽きるのに一週間もかからなかった。
結局は、自分の言いなりになるだけで、まじめでおもしろくもない女の子とは話が合わなかったんでしょうね。
立花さんは、あっけなく捨てられたわ。

立花さんには、何が起こったのかわからなかった。
自分の立場をすぐには理解できなかった。
突然、塚原君の態度が冷たくなったんですもの。
冷たくなったというよりも、無視するというか、汚いものでも見るような目付きに変わってしまったの。

彼は表面上は取り繕って笑っていたけれど、立花さんには、彼の心が手に取るように読めたわ。
お前は邪魔なんだよ、俺の前から早く消えろよってね。
立花さん、まじめだったし、男性とつき合うのも初めてだったわ。

だから、どうして彼が豹変したのかわからなかったの。
電話にも出てくれなかったし、学校で会っても口もきいてくれない。
二、三言うまく交わすだけで、すぐにほかの女の子たちの方へ行ってしまう。

それでも、時間がたつにつれ、彼女は自分が捨てられたって現実に気づいたわ。
自分が、ただもてあそばれたってことにね。
だけど、彼女は塚原君のことが忘れられなかったの。
それほどまでに、彼のことを愛していたのね。

そして、二人で過ごした一週間は夢だった、神様がくれた贈り物だったって思うようにしたの。
そして、また遠くから彼のことを見るようにしたの。
そうすれば、彼の邪魔にもならないし、嫌われることもない。

でも、神様っていたずらが好きね。
立花さんに、もう一度チャンスを与えたんだから。
それは、梅雨も終わりに近づいたころだった。

塚原君は、置き傘なんておかないタイプかもしれないわね。
また、雨宿りをしていたの。
たった一人でね。
そして、立花さんは傘を持っていた。
大きな青い傘をね。

立花さんは迷ったわ。
困っている塚原君を黙って見ていることはできない。
でも、自分が出ていったら、彼は嫌がるかもしれない。
でもね、結局彼の困っている姿を見ていることができなくなって、飛び出したの。
「……あのう、この傘使ってください」

最初、彼女の姿を見て、むっとした彼だったけれど、すぐに笑ったわ。
「あ、悪いね。一緒に帰ろうか」
彼女は、一緒に帰るつもりはなかったわ。

それでも、強引に彼は一緒に傘に誘ったの。
彼女はとっても気まずかった。
それでも彼は勝手にしゃべったわ。

「いやあ、ごめんよ。最近、時間とれなくってさあ。忙しいんだよね、何かとさ。わかるだろ? 俺、みんなに優しくしてあげたいんだよね。別に好きとかそういうのじゃなくってさ。な? だから、俺はゆかりちゃんのこと嫌いになったわけじゃなくってね……」
そういいながら、突然キスしようとしてきたの。

「やめてください」
突然のことに、立花さんは驚いて拒んだわ。
立花さんは今でも彼のことが好きだったけれど、彼が遊びだということはもうわかっていたから。
お互いが好きでなければ、キスをするなんていけないことだと彼女は思っていたのね。

それで、塚原君をつき飛ばした。
彼は、正直いって面食らったわ。
今まで、女の子に拒まれるなんてことなかったからね。
最初は笑って取りつくろうとしたけれど、彼のプライドはえらく傷つけられたの。
それで、彼女に襲いかかったわ。

「ふざけんじゃねえぞ、このアマ!」
立花さんは、驚いたわ。
優しいと思っていた塚原君が、ものすごい顔で襲いかかってきたんですもの。

「俺のいうことがきけねえっていうのか?
いうことがきけねえ奴はこうだ!!」

そして、彼女を思いきり蹴り飛ばしたのよ。
「あとなぁ、お前その性格直したほうがいいぜ。気持ち悪いんだよ!!」
彼は、彼女の青い傘をひったくるとさっさと行ってしまった……。
彼女は、突然のことに言葉を失い降りしきる雨の中、そこでいつまでも泣いていたわ。

彼女の左手にある花壇には、大きな株に無数についた青紫のあじさいが咲き乱れていた……。
そして、彼女は次の日から学校へ来なくなったの。
彼の方といえば、うっとうしい存在がいなくなったと喜んでいたわ。
そして、すぐに彼女の存在さえも忘れてしまった……。

ある雨の降る、放課後のこと……。
「また雨かよ。ついてねえなぁ。ま、梅雨だから仕方ねえかな」
そういって、ロッカーを開けたの。
「!?」
一瞬、彼女の顔がふっと浮かんだ。
あの青い傘だ。

あの日の内に、傘は捨てたはずなのに……。
いや、待てよ……。
「俺のファンの子がこっそり入れておいてくれたのかな? ま、青い傘なんてどこにもあるさ」

彼って、まったく脳天気よね。
そして、外に出てその傘をぱっと開いたわ……内側に赤い水玉がついている。

あの、青い傘じゃない。
「こういうのが、おしゃれっていうのかな。
僕の趣味じゃないけどね」
ねえ、青い傘ってさしたことある?
上からの光で、傘の色が下に映るのよ。

そうそう、だから青い傘をさすとね傘を持っている人が真っ青になるの。
顔色が悪く見えて、ちょっと気持ち悪いのよ。
だから、私は明るい色の傘しか持たないの。
そして、彼はしばらく歩いて立ち止まったわ。

だって、彼の目の前に彼女がたたずんでいたんですもの。
彼女は、赤い傘をさしていたわ。
彼女が、彼に最初に話しかけたときと同じ、あの傘……。
彼は、ちょっとびくっとしたもののいつもの調子で、
「や、やあ、久しぶりだね。学校をずっと休んでどうしたんだい?」
と、いったの。

ひどいわよね、あんな態度を彼女にとっておきながら、久しぶりだねってあんまりよ。
けれど彼女は、微笑んだわ。
「ふふふ、ずっとここで待っていたのよ。一緒に歩いていいかしら?」
彼女は少しやせたようにみえるわ。

赤い傘をさしているせいで、彼女は赤く照らされ、そのせいか顔色は良く見えたの。
「どうぞどうぞ、一緒に歩きましょう」
彼は、相変わらず調子がよかったわ。

しばらく歩いていると、彼女がいったの。
「キスをしてくれる?」
1.キスをする
2.キスをしない