学校であった怖い話
>五話目(細田友晴)
>Y4

想像もつかないだろう?
だいたい、そういうやつがさ、普通じゃないってのはわかるよね。
普通な僕たちに、わかるわけないんだよ。
彼はね、あの虫たちをいぶして殺そうとしたんだよ。
蚊取線香を持ってね。

坂上君、笑っちゃダメだよ。
人間だって、火事で煙に巻かれて死んでしまう人がいるだろ?
虫だって同じさ。
彼は、いっぺんに殺すなんていうやり方はしない。
じわじわと、虫が苦しんで死ぬ方法を取ったんだよ。
彼は蚊取り線香を持って、夜中の学校に乗り込んだ。

「……馬鹿にしやがって。……殺してやる! ……一匹残らず、皆殺しだ!」
そんなことを何度も何度も、ぶつぶつと呟きながらね。

夜の学校はとても暗い。
特に、そのトイレは蛍光灯が壊れていてね。
昼間でも薄暗かったからさ。
夜なんて、何も見えやしないよ。
トイレに近づくと、何かざわざわと音がするじゃないか。

何か身を擦り合わせるような、がさがさという音が、トイレから聞こえてくるんだ。

自分が、最後に外に出る出口だけは残しておいて、ほかの窓は全部外側からガムテープで目張りをしたんだ。
煙が逃げないようにね。

彼は息を潜め、トイレに足を踏み出した。
すると……いつもと感触が違うんだ。

ぶよっとしたものの下に、固い床の感触があった。
思わず、彼は持っていた懐中電灯で床を照らした。
すると、トイレの中は、ありとあらゆる虫で埋めつくされていたのさ。
それこそ、床だけでなく壁から天井まで。

そこは、トイレという空間よりも、何か得体の知れない生き物の胃の中のようだった。
床も壁も天井も、それ自体が生き物のようにざわざわと、うごめいている。
彼は、初めて恐ろしさを感じたんだ。
虫たちは、待っていたんだよ。
彼が来るのをね。

彼は、立ちすくんだ。
今まで、自分が戦おうとしていた相手の、本当の怖さを知った気分だった。

しかし、ここまできたからには、もう一歩も引けない。
半分意地になってしまっている彼だった。
彼は、蚊取り線香を二十個いっぺんにまとめると、ライターで火をつけたんだ。

暗闇の中で、ライターの炎が赤く彼を照らした。
蚊取り線香に火がつき、辺りに煙が立ちこめる。

彼はそれをトイレ中にばらまき、自分は外に出ようとしたんだ。
ところが、彼が踏みつぶした虫の体液で床が滑ってしまってうまく歩けないんだよ。

蚊取り線香の煙に反応した虫たちが、身悶えしているようにざわめくのが彼の耳に聞こえる。
まるで、自分に対して呪いをかけているようなそんなざわめきだった……。

「うわーーーっ!」
彼は、怖くなって叫んだ。
必死に逃げようと、彼はもがいた。
そして気づいたんだ。
彼が動けないのは、虫たちに足をつかまえられているからだってことを……。

彼の足には、既に腿あたりまで虫で埋め尽くされていたんだよ。
彼は、もう動くことさえできずに虫に飲み込まれていったのさ。
次の日、彼を発見した人は、言葉を失ったよ。
トイレに、ガムテープがべたべた貼ってあって、なんか線香臭いんで変だと思ったんだよね。

よほど怖かったのか、髪の毛は真っ白になっていてね、体中の生気が抜け出たようにミイラみたいに干からびていたんだってさ。
そして、大きく開いた口には、死んだ虫がいっぱい詰まっていた。
あとで解剖したら、虫は胃の中までぎっしり詰まっていたそうだよ。
そして、鼻の穴や耳の穴にも、虫が入り込んでいたんだって。

気持ち悪い話だろ?
だから、あのトイレには、虫の霊が渦巻いているのさ。
残酷な少年に殺されていった大量の虫たちの怨念が、あのトイレには染みついているんだよ。

……どうしたの?
気分悪いの?
顔が真っ青だよ。
もう話すのやめようか?
それとも、もう少し聞く?
1.もうやめてほしい
2.もう少し聞く