学校であった怖い話
>五話目(岩下明美)
>A4

それが一番早いわね。
そして、今では誰もがそうしているわ。

でも、電話って怖くない?
相手の顔が見えないし、誰が聞いているかわからないわ。
突然、電話のベルが鳴る。
その電話から、聞いたことのない笑い声や激しい息づかいが聞こえてきたら……。
しかも、たった一人のときに。

そして、電話の向こうから低い声が聞こえてくるの。
「……殺してやる」
そういう電話、受けたことないかしら?

私、何度もあるわ。
いたずら電話だけれどね。
そういうときは、相手を呪ってあげるの。
呪いの言葉を吐いて、電話を切ればいいのよ。
それでもしつこい相手は、何度もかけてくるでしょうね。

そのたびに、
「死ね……死ね……」
って念じるのよ。
悪いのは向こうよ。
私の心はちっとも痛まないわ。

電話って便利だけれど、その反面、不便なことも多いものだわね。
それで、家が厳しい二人も、電話で連絡を取り合っていたの。

毎晩九時。
それが二人の約束の時間だった。
毎日、日替りでお互いに電話をかけあったのね。
九時になると、こっそりと電話を自分の部屋に持ち込んで、小さな声で話し合う。

時には、一晩中話すこともあったわ。
長電話で親に怒られても、これだけはやめられなかった。
そしてそれは絶え間なく続いたわ。
学校が休みの日も、どちらかが家族で旅行に行っているときもね。
一日も欠かさず、二人は愛を確かめあったの。

私たちのクラスでも、二人の仲のよさは有名だった。
ケンカするほど仲がいいというけれど、二人の場合だけは例外だったんでしょうね。
二人がケンカをしているところなど、誰も見たことなかったんですもの。
そんなある日のこと。

伊達君のほうが、クラブ活動で遅くなってしまったのね。
これから家に帰って電話をかけても間に合わない。
それで、学校から電話をかけたの。

学校の裏門の脇に置いてある公衆電話。
知ってるでしょう?
あそこから、電話をかけたの。
でもね、あの電話、知っている人だったら使わないわ。

どうしてかって?
だって、あの電話って悪魔の電話なんですもの。
……おかしい?
ひょっとして、私のこと馬鹿にしてるんじゃないの?
……まあ、構わないけれど。
もう、あなたは私の恋人だから。

それで、その悪魔の電話を使ってしまったの。
彼、何も知らなかったし。

「……もしもし、俺」
「あ、伊達君。あれ? 今日は家からじゃないの」
「今日は学校が遅くなるっていったじゃん。そしたら、こんな時間になっちゃってさ。今、学校から電話してんだ」
「そうなんだ。気をつけて帰ってね」
「ああ、ありがとう。ごめんな、今日はあんまり話せなくて」

「……ううん、いいの。また明日、学校でね」
「おう、じゃあな」

いつもより、ずっと簡単な電話だった。
また明日も学校で会えるんだし、そして明日の夜は今日の分も含めてたっぷりと電話しよう。
そう思えば、別に寂しくもないし、つらくもない。
その次の日だったわ。

いつもの夜九時。
電話のベルが鳴った。
矢口さんは、変だなと思いながらも反射的に受話器を取ったの。

「……もしもし」
「あ、矢口さん。俺」
「あ、伊達君。どうしたの?」
「どうしたのって? いつもの時間だろ?」

「ううん、そういうことじゃなくて。
昨日は、伊達君だったでしょ。今日は、私が電話をする番だったから」
「なんだ、そんなことか。……だって俺、待ち切れなかったんだ。昨日のことがあっただろ。少しでも早く、矢口さんの声が聞きたくって」

「……まあ、やだな、伊達君たら。あのさあ……」
二人は、話したわ。

時のたつのも忘れて、長々とね。
いつになく、満足のいく電話だった。
すっきりして、矢口さんは眠りについたの。

次の日の朝、矢口さんは、学校で伊達君の姿を見つけて手を振ったわ。
「伊達くーーーーん!」
でも、伊達君はつれない素振りだった。
いつもだったら、手を振り返してニッコリとほほえんでくれるのに。

何かよそよそしい感じがしたわ。
まるで、いつもの伊達君じゃないみたいな……。
矢口さんは、自分が何か悪いことでもしたのか心配になって駆け寄ったわ。

「……どうしたの、伊達君。何か怒ってるの」
伊達君は、目を伏せると無愛想に答えたの。
「何で昨日電話くれなかったんだよ」
「え?」
矢口さんには、伊達君のいっている意味がわからなかった。

だって、昨日、あんなに長々と電話したんですもの。
あれは、確かに伊達君だった。
毎日、電話してるんですものね。
彼の声を間違えるわけないわ。

「俺、昨日の夜、何回も電話したんだぜ。それなのに、ずっと話し中だった。いったい、誰と話していたんだよ」
彼は、ふて腐れていたわ。
単に妬いているだけなんだけどね。

けれど、彼の言葉は、矢口さんを驚かせるのに十分だったわ。
「……嘘。私、昨日はずっと伊達君と話したじゃない。だって、伊達君から電話がかかってきて……」
「そんな、すぐばれるような嘘をつくなよ! もう、いいよ!」
取りつく島もなく、彼は怒って仲間の男子生徒たちとどこかへ行ってしまったわ。

みんな、驚いてた。
だって、あの二人がケンカするなんて初めてだったんですもの。
その日、初めて二人が別々に行動しているのをみんなは見たわ。

その日の夜、矢口さんは、一人で部屋で泣いていた。
だんだんと、いつもの時間が近づいてくる。
伊達君と甘い一時を過ごすいつもの時間が……。
彼女は悩んだわ。
電話をするべきか。

どうしたと思うかしら?
1.電話をした
2.電話を待った