学校であった怖い話
>五話目(福沢玲子)
>A3

そう、誰もいないプールで、誰かが泳いでいる音がするようになったの。
バシャバシャってね。
で、そういう時ってね……。

プールの中から、手だけが出ているんだって。
先生が放課後の見回りの時、それを最初に発見したらしいんだけど……。
先生は、誰かが溺れているのかと思って、手を差し伸べたんだって。

そしたら……。
プールの中の手が、するっと水の中に引っ込んじゃったんだって。
溺れている人の手じゃなかったそうよ。

それを聞いた女子水泳部のみんなは、すぐに思いついたわ。
あれは、瀬戸さんの霊の手だって。
瀬戸さんが、助けを求めて差し出している手だって。

それでね、彼女の供養の為には、プールから出る霊の手をつかんで、ひっぱりあげてやるのがいいっていう噂が広まったの。

それから、瀬戸さんにあこがれていた後輩や男の子達が、プールにいっては手をつかもうとしたんだけどね。
だめなの。
誰かがつかもうとすると、手がすぐ引っ込んじゃうのよ。

女子水泳部の人達は、何とか彼女の魂を救おうとしたわ。
それで、みんなはこういう結論をだしたの。
彼女は、誰か特定の人に助けてもらいたいんじゃないかって。

彼女が手を引っ込めてしまうのは違う人に助けてほしいという意思表示なんだろうって。
だとしたら、誰の助けがほしいのかなって思うよね。

それでね、まずは、女子水泳部のみんなが一人一人手をさしだして、彼女の手をとってみよう、ということになったの。
もちろん、怖がる人もいたわ。
でも、女子水泳部の部長がみんなを説得してね。

部員全員で、夜のプールに忍び込んだのよ。
湿った空気と、蒸すような熱気……。
身体がだるくなるような夜だったそうよ。

プールの中には、静かに水が張っていた。
「彼女の手、本当に出るのかしら……」
実際、その手を見たことがなかった部員もいたから、幾人かは落ち着きなくそわそわしていたわ。

すると……。
水音が、聞こえてきたの。
バシャバシャって。
最初は小さく、やがて大きく。
そのうちに、人が溺れているような水音に……。

「あっ!」
部員の一人が叫んだわ。
例の手がプールから出てきたのよ。

「瀬戸さん!!」
みんなは、その手に駆け寄った。
そして、一人一人思いを込めて、プールに手を差し出したの。
でも、水から出ていた手はあいかわらず、人の手を拒んでいた。

そして、何人かが試し終わった後……。
「きゃあああっ!!」
一人の子が、叫び声をあげたの。
その子は、水泳部のホープだった。
瀬戸さんの次に、泳ぎが上手な子だったから。

名前は林さんっていったんだけど。
彼女が手を差し伸べても、プールから出ていた手は引っ込まなかったのよ。
でも……。
「いやあああっ!!」
彼女は、大声を出して頭を抱えたわ。

みんな、驚いて彼女に駆け寄った。
瀬戸さんの手に選ばれて、何か恐ろしいことが起こったんだろうか?
そう思ってね。

そうしたら……。
プールの水から手を出していたのは、瀬戸さんじゃなかったの。
林さんが驚いたのは、自分と同じ姿の女の子が、水中から手を差し伸べているのが見えたからなの。

セーラー服を着たその姿は、半透明でゆらゆらと揺れていた。
でもすぐに消えてしまったそうよ。

……生霊って知ってる?
生きている人の怨念や妬みなどが霊のような形をとって現れるっていう現象なんだけど。
私、プールの中に現われたのは、それじゃないかと思うの。
水の中にいたのは、林さんの生霊だったんじゃない?

林さんの生霊は、自分より泳ぎが上手な人を溺れさせようとしていたんじゃないかしら。
瀬戸さんが死んでしまったのは、心臓マヒのせいだって話だけど……。
その原因をつくったのは、林さんの生霊かも……なんてね。

そんなこといっちゃいけない?
でも、考えちゃうんだ。
プールから出てくる手は、助けを求めていたんじゃなくて……。
次に引きずり込む人を、捜していたんじゃないか……って。

林さんは、校内で次々と記録をうちたてて卒業していったそうよ。
他にも、記録を出しそうな人はいたんだけど……。
みんな、こういってたって。
いざという時に、何かに足を引っ張られて、うまく泳げなかったんだ……って。

ぞっとしちゃうよね。
プールの水に林さんの姿が揺らめいてて、そこから手が出てたってだけじゃ、決定的な証拠にはならないけどさ。
ただ単に、水に彼女の姿が映ってて、そこから霊か何かの手が出てただけかもしれないけどさ。

でも……。
私は、林さんの生霊説を推しちゃうな。
ねえ、坂上君はどう思う?

夜のプールに揺らめいていた林さんの姿は、いったい何だったんだと思う?
1.林さんが水に映っただけだ
2.林さんの生霊に違いない