学校であった怖い話
>六話目(岩下明美)
>I6

そう……。
じゃあ、ちょっと岡崎さんの話をさせてもらおうかしら。

岡崎さんはね、かなりの財閥の娘さんだったそうよ。
それで、彼女のお父様が海外に行った際にルーベライズを手に入れたんですって。
当時の値段でも、家が一件買えるほどだったっていうから、ちょっとした海外みやげにしては、私たちの常識からは、かけ離れてるわね。

彼女は、その石をとても気に入ってね。
当時は、まだその石が幸せを呼ぶ石だってことを誰も気にしていなかったの。

ただ、世界的にみても珍しい石だってことで、学校でも話題になったらしいわ。
それで、大川さんに、彼女のことを話した女の子たちも、どこかからその噂を聞いたんでしょうね。

岡崎さんは、本当にお嬢様でね。
生活に苦労したことはなかったし大切に育てられていたから、素直で、まっすぐな性格をしていたの。
よくいえば、純粋。
悪くいえば、警戒心がないってとこかしら。

はたからみれば、彼女は本当に幸せだったわ。
お父様の愛情を一身に受けて育っていたし、クラスメートからも、ちやほやされていたしね。
ただ、そんな彼女にも一つだけ、手に入らなかったものがあったの。
それは、お母様の愛情。

岡崎さんのご両親は離婚していてね。
彼女は物心がついてからずっと、お父様と暮らしていたの。
それで、こう思っていたのよ。
お母様とも、一緒に暮らしたいって……。

でも、彼女は自分のお母様がどこで何をしているのか、全然知らなかったのよ。
お父様は、お母様の話をすると、いつも口をつぐんでいたからね。
そんなある日のこと。

岡崎さんが、遅くまで学校に残っていた日があったの。
当時は、まだ新校舎がなくてね。
授業のほとんどは、旧校舎で行われていたわ。
今の旧校舎は、ひどいものよね。
木の壁や床は腐り、クモの巣がうっそうと張っていて。

当時は、もちろんもっとマシではあったけれど。
それでも校舎はどこかカビ臭く、雨の日になると、あちこちから水が洩れていたというわ。
そんな学校に、なぜ財閥のお嬢様が通っていたのか、不思議に思わない?
実はね、うちの学校は、彼女のお母様の母校だったの。

彼女がそれを知ったのは、中学生の時だったわ。
古いクローゼットの奥にあったお母様の制服を見つけて、その事実を知ったのよ。
だから、彼女はうちの高校を受験したの。
岡崎さんが遅くまで学校に残っていた日は、試験期間中だったわ。

彼女は、図書室で勉強をしていたの。
試験期間中はクラブもなく、すぐ家に帰る人も多かったから、学校はいつもより静かだった。
彼女は、図書室を出て廊下を歩いたわ。
そろそろ帰ろうと思ってね。

そして、音楽室の前を通りかかった時……。
オルガンの音色が聞こえてきたの。
坂上君は、昔のことを思い出して、しんみりしたことってあるかしら。
ノスタルジーというのかしらね。

懐かしいような、悲しいような気分。
そういう気持ちにさせられる音色だったわ。
彼女は、いっぺんでその音楽に魅せられた。
そして、窓から音楽室の中を覗いてみたの。

中では、きれいな女生徒がオルガンを弾いていたわ。
何年の人だろう。
音楽クラブの人かしら。
岡崎さんは、そんなことを思いながら女生徒の演奏に聞き惚れたわ。
当時、音楽の授業ではピアノが使われていたから、オルガンはいつもホコリをかぶって音楽室の隅にあったの。

けれどそのオルガンは、人間の肉声のように生々しく艶めいた音を出して、岡崎さんの心に響いたのよ。
しばらくして、女生徒は岡崎さんの視線に気付いてね。
オルガンの演奏をやめてしまったの。
岡崎さんは、邪魔してしまったと思い、戸惑ったわ。

「ご……ごめんなさい。
どうぞ、演奏を続けて下さい。
私は、もう帰りますから……」
すると女生徒は、鍵盤に目をおとしながらこういったの。
「……ちがうのよ。あなたが邪魔なわけじゃないわ」

「そ、……そうですか。
あの、オルガン、きれいな音が出ますね」
「………」
女生徒は、うつむいたまま黙っていた。
「あの……ごめんなさい。
やっぱり私、お邪魔だったようですね……」

岡崎さんは、女生徒に謝って去ろうとしたわ。
音楽室から目をそらし、廊下を歩こうと足を踏み出したの。
そうして、何歩か歩いた後……。
「邪魔なんかじゃないわ」
美しい女生徒の声が聞こえてきたの。
岡崎さんは、一瞬耳を疑って振り向いたわ。

すると声は、さらにこう続けたの。
「邪魔なんかじゃないのよ……」
……岡崎さんは、不思議な気分だった。
今のは、本当にさっきの女生徒の声かしら。
空耳だったのかもしれない。
そんなことを思いながら、旧校舎を走り出たの。

それから、岡崎さんは何度となく放課後の音楽室に通ったわ。
けれど、二度とその女生徒に会うことはなかった。
岡崎さんが、ルーベライズを父親から貰ったのは、そんな時。
彼女は、それをペンダントに加工してもらってね。

とても、大切にしていたそうよ。
そして、あの女生徒に会いたいって思うたびに、ルーベライズをぎゅっと握りしめていたの。
まるで、ルーベライズにお願いするようにね。
すると……。

又、会えたのよ。
その美しい女生徒に。
彼女は、あの日に聞いたオルガンを奏でていたわ。
不思議な曲だった。
岡崎さんは、うっとりしてね。
音楽室の外で、ひっそりとオルガンを聞いていたの。

今度は、邪魔しないようにしようと思いながら。
その後、彼女は度々オルガンを聞きに、音楽室へと足を運んだわ。
ルーベライズに願いをかけてね。
そうすると、前は全然会えなかったあの女生徒に、いつでも会えることができたから。

岡崎さんはいつも、その演奏を聞いては、夢のような時間をすごしていたの。
岡崎さんは贅沢な生活をしていたけれど、彼女なりに悩むこともあったわ。
学校での友達関係や勉強、お母様のいない寂しさなど。
そんな時は例のオルガンの音を聞いて、いつも心を慰めていたの。

彼女がオルガンを聞きにいっていたのは、人気のない放課後だった。
人が遅くまで学校に残っている時は、夜まで待って、こっそりと聞きにいっていたの。
彼女が時々遅くまで学校に残っていたことは、いつしかみんなの噂になったわ。
いったい、何をしているんだろうって。

でも岡崎さんは、誰に聞かれても本当のことをいわなかった。
あの演奏のことを人にいい、みんなが音楽室に通うようになったら、大切な時間が失われてしまうと思ってね。
ある日、岡崎さんは、ルーベライズに願いを込めずに、オルガンのもとにやって来たわ。

音楽室には、校舎の木の匂いが、いっぱいにたちこめていた。
オルガンは、そこにひっそりとあったわ。
「私が弾いたら、どんな音になるのかしら……」
彼女は、吸い寄せられるようにオルガンに近付いた。

岡崎さんは、オルガンやピアノを習っていたことがなかったけれど。
あの、美しい音色を出すオルガンを、弾いてみたいと思ったのよ。
それで彼女は、どうしたと思う?
1.オルガンを弾いてみた
2.弾こうとしたがやめた