学校であった怖い話
>六話目(岩下明美)
>I7

彼女は、ゆっくりと鍵盤を押してみたわ。
………。
でも……。
オルガンから、音はしなかったの。
「ああ、音のしない鍵盤もあるのね……」
それなのに、あの女の人はあんなにすてきな演奏をするなんて。

岡崎さんは、そんなことを思いながら、他の鍵盤にも手を伸ばしてみた。
「……?」
でも、又音は出てこなかったの。
「……あ、足踏みを忘れていたわ。
足で下のペダルを踏みながら弾かないと、音がでないのよね」

彼女は、オルガンのペダルを踏みながら、次の鍵盤を押してみたわ。
「………」
でも、音はしなかったの。

彼女は何だか怖くなってね、足踏みをしながら、あちこちの鍵盤をどんどん押してみたわ。
「な……!?」
でも、音はいっこうに鳴らなかったの。
……彼女は、オルガンを弾く女性の正体を確かめようとしたわ。

もしかしたら、あの女生徒はこの世の人ではないかもしれない。
そんな予感を抱きながらね。
彼女は、ルーベライズを握り締めて祈ったわ。
音楽室でオルガンを弾く、女性の正体が知りたいと。
そして、又音楽室に向かったの。

人気のない、夜の音楽室にね。
当時、あそこの廊下は、所どころ腐りかけていてね。
歩くと、床が抜けてしまいそうな音がしたのよ。
彼女は思ったわ。
夜の校舎は、こんなに不気味だったかしらって。

いつも、オルガンの演奏を聞くためにウキウキしながら来ていたから、怖いだなんて思ったことがなかったのね。
音楽室に近づくと、例によってオルガンの音が聞こえてきたわ。
彼女は、大きく息を吸った後、窓から音楽室を覗いてみた。
そうしたら……。

音楽室の中には、誰もいなかったの。
オルガンは、独りでに鍵盤を上下させ、演奏をしていたのよ。
その時岡崎さんは、ふと後ろに気配を感じてね。
恐る恐る、振り向くと……。

「あ……っ!」
いつもオルガンを弾いていた女生徒が、彼女の肩に手をかけようとしていたの。
「い、いやあああっ!!」
岡崎さんは驚いて、女生徒の手を振り払ったわ。

でも、岡崎さんの手は、相手の体をフッと突き抜けたの。
女生徒の身体は、まるで空気のように、触れることができなかったのよ。
女生徒の顔は、一瞬悲しそうに歪んだわ。
でも、岡崎さんは何も考えられなかった。
ただ、廊下を走って逃げたの……。

その夜、岡崎さんは、ベッドの上で考えたわ。
あの女生徒は、一体何だったんだろうって。
ルーベライズの力で、あの女生徒が人間ではないとわかったけれど。
あれは、霊……?
だとしたら、一体誰の霊なのかしら?

岡崎さんは、考えをめぐらせたわ。
その時……。
彼女は、金縛りにあったの。
小さなライトを灯した薄暗い部屋で、彼女の手足は、鉛のように固く突っ張ってしまったの。

「知りたい?」
どこからか、声が聞こえてきたわ。
「オルガンを弾く、女生徒の正体が知りたい……?」
それは、女性の声のようだった。
低くて、地に響くような女性の声。
<だ……誰?>
岡崎さんは声をあげようとしたわ。

でも、口から出るのは、ひゅうひゅういう吐息だけ。
「幸枝、私のかわいい子……」
声は、いきなりそういったわ。
お母様?
岡崎さんは、戸惑ったわ。
彼女は、うすうす感じていたの。
お母様は、どこかで亡くなってしまったのではないかとね。

そして、オルガンを弾く女生徒こそが……。
自分の、お母様ではないかとね。
岡崎さんの額からは、汗が吹き出してきたわ。
蒸し暑い夜だった。
彼女は、ぼんやりした光を頼りに目をこらし、声の女性の姿を捜そうとしたわ。

すると、突然ライトが消えてね。
ベッドを揺さぶるように、女性の低い声が響いたの。
「幸枝。音楽室に通うのはやめなさい。
さもないと、呪い殺されるわ。
いい? ……よく聞きなさい。
ルーベライズに、オルガンを弾く女生徒の正体が知りたいっていったわね。彼女は……」

その時、どこからかオルガンの音が聞こえてきたわ。
そして、低い女性の声の他に、美しい女性の声が聞こえてきたの。
その声は、どこか懐かしいような、澄んだ響きをもっていたわ。

「だまされないで……私よ。
私こそが、あなたの母親。
あなたに、オルガンを聞かせてあげる。
私は、あなたがまだ赤ん坊だった頃、夫と別れてしまったんだもの。
子守り歌を、聞かせてあげる。
私の、かわいい幸枝……」

岡崎さんは、だんだん眠くなってきたわ。
「だめよ! 幸枝!!
眠ってはいけないわ。
だまされては駄目。
殺されてしまうわ。
幸枝、私を信じて……」
こんどは、女性の低い声。

岡崎さんの頭の中を、二人の女性の声がこだましたわ。
……坂上君。
あなたは、どちらが彼女の本当のお母様だと思う?
1.オルガンを弾いていた、澄んだ声の女性
2.岡崎さんを金縛りにした、低い声の女性