学校であった怖い話
>七話目(細田友晴)
>A4

そうだ、向こうには教室があったのさ。
ただの教室かって?
……いや、もちろん違う。
教室の真ん中の床には、跳ね上げ扉がついていてな。

その下は、防空壕になっていたんだ。
小さな防空壕で、せいぜい五、六人入れるくらいの大きさしかなかった。
本気で使おうなんて、思っていなかったのかもしれない。
一クラス三十人としても、六分の五は助からない計算になるんだからな。

生徒用の防空壕は、よそにちゃんとあったらしいし。
だから、戦争中といっても、実際に使われたことなんてなかったのさ。
そう……あの時までは…………。

戦争中は、この辺りにもよく、空襲があったらしい。
そういう時に、どうしたかって?
どうもできないさ。
相手は飛行機だ。
防空壕に潜って、じっと通り過ぎるのを待つしかないんだ。

ある日のこと、生徒たちは弾薬を作る作業をしていたんだ。
学校といっても、戦争中は、勉強もしないでそんなことばかり、させられていたらしい。
そこに、空襲警報が鳴った。
みんなは、いつものように防空壕に急いだ。
ところがその時、近くで爆発が起こった。

校舎に爆弾が直撃したんだ。
気づいたときは、クラスのほとんどが動かなくなっていた。
生き残った者は、十人にも満たなかった。
しかも校舎から出る道筋は、ガレキに埋まっていて通れない。
彼らは、学校の中に閉じ込められてしまったんだよ。

でも、まだ上空には敵機がいる。
このまま、再び爆弾が落ちるのを待つしかないのか……そう思っていたとき、誰かがいったんだ。
「教室の防空壕がある!」
ってな。
もちろん、みんな、その防空壕のことは知っていた。

自分たち全員には、そこは狭すぎるってことも。
彼らは、顔を見合わせた。
そして次の瞬間、一斉に駆け出したんだ。
けが人や女の子を置いてけぼりにしてな。
体格がよくて、足の速い何人かが、真っ先に教室にたどり着いた。

彼らは、我先に防空壕に飛び込むと、扉をバタンと閉めてしまったんだ。
少し間があって、足音が近づいてきた。
女の子たちが追いついてきたんだ。
「開けて、お願い!」
「助けてくれぇ!」
頭の上から、声が聞こえる。

けれど、防空壕の中の彼らは、扉を開けようとはしなかったんだ。
開ければ、みんな入ってくることはわかっていたからな。
そして、みんな入ってしまったら、ここは防空壕としての役割を果たさない。
そもそも、扉を閉めることさえできなくなるだろう。

全員死んでしまうより、何人かでも生き残る方が賢明だ……。
そんな勝手な理屈をつけて、彼らは扉を閉ざしていた。
その時だった。
ものすごいごう音とともに、地面が激しく揺れ動いた。
防空壕の中の彼らは、あちこちに跳ね飛ばされて転がった。

爆弾が、また校舎に落ちたんだ。
ひとしきり収まると、彼らは重大な事実に気づいた。
扉の外の声が、聞こえなくなっていたんだ。
いや、耳をすますと、かすかに聞こえた。

「ひどい……ひどいよぉ……」
「ひどい……ひどいよぉ……」
恨めしそうな、か細い声。
それに、苦しげなうめき声も。
外のみんなが大けがをしたらしい。

それでも彼らは扉を開けなかった。
怖かったのかもしれないな。
扉を開けた瞬間に、また爆発が起こる可能性もあるんだ。
せっかく逃げられたのに、わざわざ危険に飛び込む必要はないと思ったんだろう。

……もちろん、それはほめられる行為ではないけれどな。
そしてその罰は、すぐに与えられたのさ。
それは最初、臭いから始まった。
鼻につんとくるような、刺激的な臭い。
それから音がした。
パチパチ、パチパチってな。
間違いない。

火事だ!
ガレキに火が燃え移ったんだろう。
このままでは蒸し焼きになってしまう。
まだ爆弾の危険はあったけれど、思いきって出ていくことにしたんだ。
一人が鍵を開けて、扉を押した。
「あれ?」

何かに引っかかっていて、開かないんだ。
あわてて残りのヤツらも手伝った。
でも開かない。
あせっただろうな。
急がないと、火が回ってしまう。
でも、どんなに力を込めても、跳ね上げ扉はびくともしないんだ。
「ど、どうするんだよ!」

誰かが泣き声で叫んだ。
すると、答えるように頭の上から声がした。
「そこで死ね」
地の底から聞こえてくるような声だった。
でも、置き去りにしたクラスメートの声に、よく似ていた。
だから、彼らは助けを求めたんだ。

「助けてくれよ! いっしょに逃げよう」
勝手な話だよな。
自分たちが見捨てた相手に、助けてくれなんてさ。
でも、声は冷たく答えた。
「今の爆撃で大けがをした。私はもう、逃げられない」
「それなら、おぶってやるよ! だから、ここから出してくれ!!」

彼らの必死の叫びは、クラスメートには届かなかった。
「もう遅い……」
それだけいうと、彼女は黙り込んだ。
それからは、彼らが何といおうと返事をしなくなったのさ。
火は、まもなく教室に届いた。
やっと鎮火したときには、校舎は半焼していたよ。

もちろん、防空壕の中の生徒たちは、全員死んでいた。
でもな、おかしなことがあったのさ。
防空壕の扉に重なるようにして、女の子たちの死体が倒れていた。
彼女たちのほとんどは、爆風で体がちぎれ飛んでいたそうだ。
一目見て、即死だったことはわかった。

……そう、わかったかい?
彼女たちが即死したのなら、防空壕の生徒と話したのは誰だったんだろう?
体が死んでも、無念の魂だけは、裏切り者に復讐してやろうとしたんだろうか。

しばらくして戦争が終わると、校舎は建て直された。
でも、そこの教室には、幽霊が出るって噂がたったんだ。
防空壕は埋め立てて、お祓いもしたはずなのにな。

どうしても噂が消えないんで、とうとう教室ごと塗りこめてしまったんだよ。
今考えれば、相当無茶な話だけどな。
戦後のドサクサだったから、それですんだんじゃないかな。

みんなが知らないだけで、この旧校舎には、そういう話がたくさん残っているんだぞ。
……もうすぐ、旧校舎を壊すだろ?
そうしたら、思わぬものが出てきたりするかもな。
……実はな、この壁にまつわる話で先生が高校生のときに体験した話があるんだけどな。

聞きたいか?
1.聞きたい
2.もう十分です


◆一話目で岩下が消えている場合
2.もう十分です


◆二話目〜五話目で何人かが消えている場合
2.もう十分です