学校であった怖い話
>七話目(細田友晴)
>AC7

はっはっは、冗談だろう?
さんざん恐い目にあった先生が、友達とそんな賭けなんかするものか。
どうしても、避けられない状況だったのさ。
なにかって?
実は、避難訓練なんだ。

先生たちのクラスはどうしても、あの廊下を通らなければならなくってね。
正直いって、嫌だったよ。
けれど、仕方ないだろ。
まさか、あそこは軍服姿の幽霊が出るから行きたくありませんなんて、カッコ悪くていえないよな。

それで、避難訓練が始まった。
旧校舎の三階から火災が発生したという設定でね。
先生のクラスは、あの壁の前を通って校庭へ抜ければよかったんだ。
距離としては、本当に短いものさ。
けれど、この壁が近づいてくると、自然と体が震えてくるのがわかった。

どんなに強がっても、身体は正直なもんだよ。
足がガクガク震えてしまって、うまく歩けなかった。
ちょうど、この壁を通りすぎるとき先生は固く目を閉じて心の中で祈っていた。
……何も起きませんように。
……絶対に、何も起きませんように。

それで、もう壁を過ぎたころだろうと思ったとき。
突然、ものすごいごう音が耳の中に飛び込んできたのさ。
強烈な爆風を伴ってね。
あれは、絶対に爆弾の音だった。
何事かと驚いて目を開けると……

いたんだよ、となりに。
先生のとなりを、軍服姿の兵隊が一緒になって行進していた。
先生は、もう生きた心地がしなかったよ。
隣だけじゃない。
学生服を着ているのは、先生一人だけだった。
あとは、全員軍服を着ている兵隊たちだった。

クラスメートは一人残らず、見知らぬ兵隊たちに変わっていたのさ。
みんなが軍服の兵隊に変わったというよりも、彼らの中に先生一人だけが紛れ込んでしまったような感覚だった。
それは、今でもはっきりと覚えている。
不思議なもので、足だけは動いていた。

彼らと足並みそろえて、足だけはせっせと行進しているのさ。
彼らは、みんなうつろな目をしていて、無表情で黙々と行進を続けていた。
……景色も違っていた。
見慣れた学校の景色はなかった。

汚らしいバラック作りの掘っ立て小屋や、薄汚いテントがぽつぽつと建っているだけで、見たこともない景色だった。
けれど、何となく見覚えがあるような気がしてならない。
その時、思ったよ。
これは、戦時中の景色なんだ。
きっと、戦時中の学校なんだとね。

行進する兵隊たちの周りを、みんなが逃げ回っていた。
防災頭巾をかぶり、もんぺをはいて、みんなで爆弾の中をかいくぐっていた。
その時、爆弾の一発がちょうど行進している先生たちの横で吹っ飛んだんだ。
すごい爆風だった。

跳ね上がった小石がバチバチと頬に突き刺さる。
目も開けてはいられない状況だった。
先生はよろめき、となりの兵隊の肩に手をかけた。
その時、先生は見たんだよ。

彼の顔はガイコツだった。
ガイコツが軍服を着て、行進していたのさ。
「うわーーーーーーーっ!」
先生は、大声をあげて叫んだ。
叫ぶと同時に、今まで雄々しく行進をしていたガイコツ兵士たちが、操り人形の糸が切れたみたいにバラバラと倒れていったのさ。
そして、先生の頭上に爆弾が……。

まるで、ストップモーションを見ているようだった。
太陽の光を遮りながら、真っ黒い爆弾が少しずつゆっくりと大きくなっていくんだ。
先生は、悲鳴をあげた。
いや、悲鳴をあげたはずだったんだけれど、すべての音は聞こえなくなっていた。

爆弾が落ちてくる音も、ガイコツが崩れる音も、逃げ惑う人々の叫び声も、そして爆弾が爆発する音も……。
先生は無音の世界に、取り残されてしまったんだ。
「うわーーーーーーっ!」

自分の叫び声が聞こえたとき、先生は校庭でしゃがみ込んでいた。
周りをクラスメートたちが遠巻きに取り囲んでいた。
あやしいものでも見るかのような目で先生のことを見て、ひそひそと話し合っていたのさ。

先生は保健室に連れていかれた。
熱射病で幻覚を見たんだと、当時の保健の先生はなだめてくれた。
先生は、あれが幻覚だったとは思っていない。
何かの作用で、戦時中にタイムスリップしたと思っているんだ。

なぜか、それ以来、あの兵隊の姿は見ていない。
彼らはとても悲しそうな目をしていたな。
もしかしたら、彼らが味わった気持ちを、何不自由なく暮らしている今の時代の人間たちに、少しでも味わってほしかったのかもしれない。

まあ、すべてはもうすぐわかる。
この旧校舎を解体したら、この下に何が眠っているかわかるんだ。
その時、いったい何が出てくるのか先生は少しだけ楽しみにしてるんだ。

……さ、先生の話はこれで終わりだ。
もう、十分だろ。
みんな、帰ろう。
先生が、校門まで送っていってやるから。

……僕たちは、黒木先生に見送られて、学校をあとにした。
……それにしても、何とかなった。
怪我の功名というやつか。
七人目は来なかったけれど、代わりに黒木先生の怖い話を聞けたから、先生が七人目ってことになるな。

それにしても、もうだいぶ遅いな。
帰り道に、ふと店先の時計を見ると、もうすぐ九時になろうとしていた。
僕は家に帰ると、今日の出来事を思い起こしていた。
……それにしても、ずいぶんと怖い話があるもんだ。

途中で岩下さんたちがいなくなってしまったけれど、あれは何だったんだろう。
……話す人が途中まで一人ずついなくなっていったけれど、あのことはまだ解決していない。
あれは、誰かのいたずらだったんだろうか……?

いや、そんなはずはない。
とてもいたずらとは思えない。
やっぱり、あの学校には何か得体の知れないものが住んでいるんだ。
僕は、夏だというのに、妙な寒気を覚えた。

その時。
突然、電話のベルが鳴った。
今頃、誰だろう?
時計を見ると、もう十一時を回っていた。
どうする?
電話に出るか?
1.電話に出る
2.出ないで放っておく