晦−つきこもり
>一話目(真田泰明)
>J3

そうか、葉子ちゃん、まだ好きな人がいないのか。
じゃあ、まだおじさんにもチャンスがあるな、ははっ。
おい、哲夫、怖い顔するなよ。
冗談だって。
でもさ、葉子ちゃん、好きな人ができると、その人のこといろいろ知りたくなるもんだよ。

風間もそうだった。
彼はあの謎の美女の素性を調べだしたんだ。
俺はいくら素性がわかっても、結局過去の人物だから無駄だと思ったよ。
でも学術的には興味があったから、あえて止めなかったけどね。

そして彼の調査が始まった。
しかし、絵の出所は、なかなかわからなかった。
無名画家の作品ということもあって、記録が残っていない点。
それに表に描かれていた絵は、保存が悪く内容の良くわからない点もその要因だった。

しかし、恋の一念というのかな、凄まじい執念だったよ。
彼は絵の内容から画材まで徹底的に調べたんだ。
ははっ、もちろん取材費だったけどね。
そして、十四世紀の中頃、ルネサンスがこれから始まるっていう時代の、地中海の小さな島だっていうところまで突き止めた。

場所の特定はその絵と一緒にあった、もう一つの絵がキーになったんだ。
その二つが同じ画家のものだっていうのは判明してたんでね。
その絵には星座と月、それにイタリア半島が描かれていた。
ここまで突き止めた彼は大喜びした。

そしてそこへ行くことを望んだ。
風間は旅行代理店に行き、交通手段を調べた。
もうそのころには仕事はそっちのけだったね。
しかし、その旅行代理店で、とんでもないことがわかった。
あの絵から割り出した位置には、そんな島はなかったんだ。

彼はがっかりしたが、また調べだしたよ。
そのころには俺も、そのミステリーにはまりだしててさ。
一緒に調べ始めたんだ。
俺は地中海の島が沈んだ話を思いだし、その時代には存在していたんじゃないかと推測した。

でも、そんな事実はどんな資料にものっていなかったんだ。
風間も何の手掛かりも見つけることはできない。
それから毎日、彼は生きる目標を失ったかのようにボーッとしていた。
彼はときどき倉庫でその原画を眺めるようになったんだ。

「君はいったい、どこの誰なんだ……………………」
そんな感じのことをよく呟いていた。
もう、かわいそうになるくらい落ち込んでいたよ。
仕事もせずに絵を見つめている彼を、みんなは黙認していた。
でもあるとき、急に彼は元気になった。

あの絵と出会う前のあいつにもどったようだった。
「泰明さん、よかったですね」
「でも、どうしたんでしょう」
「本物の女の子で、好きな子でもできたんじゃないですか」
みんなは不思議に思いながらも、風間が元気になったのを喜んだんだ。

その後の作業は、ほぼ順調にいった。
俺も一安心していたんだ。
しかしあと少しで制作が終わるというときに事件が起きた。
風間がげっそり痩せて来たんだよ。

「風間、大丈夫か? 何か顔色が悪いぞ」
「大丈夫ですよ、泰明さん。ははっ」
彼は笑ってそういったんだけど、とても大丈夫とは思えなかった。
それで気になったから、周りの奴にそのことについて聞いたんだ。

「ああ、風間の奴、家に帰っていないみたいですよ」
「僕が徹夜したとき、風間、倉庫に3、4時間行ってましたけど、仮眠してたんじゃないですか」
彼等はそんなことを話してくれた。

(倉庫…………………、
まさかな…………)
あの倉庫の原画のことが少し気になった。
(もしかすると、まだ…………………)
俺は気にするのはやめることにした。
しかしそんなある日、俺も仕事でそこで徹夜したときだ。

その日は忙しくて、夜中にやっと一息着くことができてさ。
「やっと一息着きましたね」
「そうだな、ちょっと一休みするか」
「じゃあ、コーヒーでも入れて来ますよ」
「あ、ありがとう」
そういうとそいつは、コーヒーを入れにいったんだ。

ところで葉子ちゃん、こんな風間のことどう思う。
1.一途だと思う
2.変な奴だと思う