晦−つきこもり
>一話目(真田泰明)
>L2

ははっ、葉子ちゃんは勘がいいな。
当たりじゃないんだけどね。
おもしろい格好をした変な人物が描かれていたんだ。
描かれていた人物は、日本人かと思えなくもない人物だった。
ただ、髪型が恥ずかしくて、人に見せられるようなものじゃなかったんだ。

俺達は思わず苦笑した。
そのCGを担当していたのは片山徹といって、若い男だった。
「結構、良く描けているじゃないですか。なぜ没になったんでしょうね、くくっ」
彼も俺と一緒に笑いを堪えていたんだ。

まあ、芸術品だという理性がお互い働いたんだな。
「上に別の絵を描いてあったってことは、失敗だったんじゃないかな」
俺はなるべくまじめにそういった。
「でも、上に描かれていた絵よりいいですよ」
「それが芸術というもんだ」

片山のおちゃらけに、俺は適当に答えた。
「でも、うしろの人物だれなんでしょうね」
「う〜ん、上に描かれている人物はルーマニアの伯爵ってことだが、うしろの人物もまんざら無関係ってことじゃないだろ」
俺は少し考え、そう答えた。

「それにしては上に描かれている立派な人物に対して、うしろの肖像画はギャップがありますね」
「ちょっと面白そうじゃないか。
もうちょっと分析してみてくれ」
「は、はい」
彼は当惑したように返事をする。

そんなことがあってから、しばらくたった。
俺はそんなことすっかり忘れていたんだ。
しかし突然、片山から電話があった。
「泰明さん、ちょっと来てもらえませんか。あの絵のことで面白いものが見つかったんです」

彼はうれしそうにいって電話を切った。
「……ああ、あの絵のことか」
その電話で話を聞いてから、ちょっと間を置いてやっと思い出したんだ。
俺は夜になってからそこを訪ねた。
彼のフロアーに着いたときは、彼以外のスタッフはもう帰っていなかった。

「遅くなって悪りいっ」
「泰明さん、こないかと思いましたよ」
片山は俺が来るのを待っていてくれた。
「実はもっと面白いものを見つけたんですよ」
笑いを必死に堪えながらそういった。

彼は画面にあのときの絵を表示する。
いつ見ても面白い絵だった。
「泰明さん、ここの黒い部分があるでしょ」
「うん」
「実はここに文字が隠れていたんですよ。それがこれです」
彼はもう一枚の絵を表示した。

確かにアルファベットでなにか描いてある。
「これが翻訳したものです」
四つ折りにしたメモを出した。
俺はメモを受け取り読んだ。

『伯爵の馬鹿野郎。こんなそっくりに描いたのに。俺はもっと格好いいはずだ、描き直せなんていいやがって。自分の姿を湖にでも映してみやがれってんだ』
唖然とした。
二人の間にしばらく沈黙が流れる。
しかし、突然、片山が吹き出したんだ。

「は、はははははっ、はははははっ」
俺も我慢の限界だった。
「ははっ、ははっ、ははっ、ははっ」
俺達は大笑いした。
笑い声は夜のビルを響きわたったんだ。

二人は笑いつかれて椅子にぐったりした。
そして、俺達は帰ることにしたんだ。
電気を消して俺達は部屋を出た。
ビルは静まりかえり、もうあまり人は残っていないようだ。
俺達の足音は廊下に響いている。

「なんか無気味ですね」
片山がそう呟くようにいった。
「別に遅くまで一人で仕事していたのは、初めてじゃないだろう」
「そりゃ、そうですけどね」
「あの画家の愚痴を思い出せば楽しい気分になるさ」
「ははっ、そうですね」

俺達はまた笑った。
しかし、しばらくすると三組目の足音が響きだしたんだ。
「あれ、誰ですかね」
片山は振り向いた。
すると足音が止まったんだ。

「あれ…………」
「ほっとけよ。飲みにでもいこうぜ」
俺は彼に帰るよう促した。
「あ、はい」
彼はまだ気になるようだったが、俺達は歩きだしたんだ。
すると、また俺達以外の足音が響きだした。

俺も少し気になったが、ああいった以上気にしない振りを決め込んだ。
彼も気になっている様だがもう何もいわなかった。
俺達の後ろをついてくるように鳴る足音は、徐々に速くなってくる。

やな予感がした。
しかしああいった手前、慌てる様子は見せられない。
片山もそう思っているのだろう。
彼も気になっているのを押し殺しているように見える。

足音は大きくなり、かなり近くに来ていた。
俺達はうしろを振りかえられずにいる。
うしろに気配を感じた。

(なんだ…………)
横目で片山を見ると、脂汗が流れている。
彼も気配を感じているようだ。
足音の主はもう息づかいが聞こえて来るぐらい近づいている。
もう俺達はこの恐怖に我慢出来なかった。
俺達は振り返ったんだ。

そこにはあのうしろに描いてあった人物がいた。
彼は不敵に笑い俺達を睨んでいる。
俺達は恐怖のあまり動けなかった。
もう笑いごとではなかった。
彼は更にゆっくり近づいてくる。
そして口を開いた。

「よくも馬鹿にしやがったなー」
その人物は口を曲げて文句をいったんだ。
彼の態度はあまりにも滑稽だった。
まあ、話を聞けば絵から抜けだして来たなんて、思うだろうけどさ。

いったい何者だと思う。
1.絵から抜け出した人でなければ、話にならない
2.泰明さんを脅かそうとした、スタッフ