晦−つきこもり
>一話目(前田和子)
>D3

そう、そうよ。
葉子ちゃん、そういう話を聞いたことがあるの?
折り紙って、昔からいろんな儀式に使われていたのよ。
今日は、そうねえ……その中でも、一番古い話をしてあげる。

これ、おばあちゃんから聞いたことなんだけど。
折り紙って、『降り神』という意味をかけた言葉なのよ。
昔から、不思議な力が宿るものだとされていたわけ。
特にこの村ではね。

折り紙で作れるものって、生き物が多いでしょ。
例えば動物とか。
花とか。
人間だって作れるわ。
それが何を意味するか。
答えは一つ。
神託に使われていたのよ。

この村の神……伊佐男神が、生けにえを要求する手段としてね。
伊佐男神は、生けにえを引き換えに天災を防ぎ、土地を潤すことを約束していたの。
だからこの村は、その頃ずっと栄えていたのよ。

まず巫女が、折り紙を用意して一晩神託の間にこもるの。
そこに伊佐男神がのりうつり、折り紙で生けにえの形を作るわけ。
巫女に、その間の意識はなかったみたいよ。
神託は、年に四回。
春、夏、秋、冬ね。

私が話すのは、そういう儀式をしていた三代目の巫女のこと。
舞って名前だったんだけどね。
「舞、昨日の神託はどうじゃった?」
村の者が尋ねると、舞は明るくこう答えたわ。

「アジサイの花よ」
「それはよかった。舞が神託をすると、いつも花を折るな。
本当にそれでいいのか?」
村人の心配をよそに、この村はますます栄えていった。
舞は、明るくかわいい娘でね。
伊佐男神は、彼女をたいそう気にいっていたの。

だから彼女から本気で生けにえをとる気は全くなかったみたいよ。
舞は、折り紙の神託でいつも花を折っていたんだもの。
それが一番用意しやすいだろうと思ったんじゃない?
伊佐男神は、舞に年四回会える日をいつも楽しみにしていたのよ。
そんなある日。

伊佐男神は、生けにえで得た花を、深夜に舞の住む社の前に置いていったの。
舞に、プレゼントのつもりで。
自分は、生けにえなんかもらわなくても村を守ってやる、なんて感じかしらね。

翌日、花を見て舞は驚いたわよ。
どこにでもある、白い百合の花。
でも、神託で伊佐男神に捧げたのも、白い百合だったんだからね。
「これは一体……?」
何だか変だと思いながらも、舞は百合を社に入れて生けたの。

それを見た伊佐男神は微笑んだ。
「舞は、プレゼントを受け取ってくれた」
そう思ってね。
舞は、幼い頃に両親をなくしててね。
身寄りもなく、つつましく暮らしていたの。

彼女には、平太って弟がいたんだけどね。
舞が巫女になってから、二人は別々に暮らしていたわけ。
平太は大きなお店に奉公にでていてね。
心の優しい弟だったみたいよ。
時々舞を訪ねては、彼女の様子をみていたんだって。

「姉さん、何か、困ったことがあったらいつでもいってくれ」
なんていってね。
その頃、巫女の暮らしは決して楽じゃなかったのよ。
一人で小さな社に住んでさ、山から食草を採って生活していたんだから。

伊佐男神は舞に百合の花を贈った時、社で舞が切り詰めた生活をしていることを知ってね。
次の生けにえで、牛を三匹要求したの。
そしてまたもや深夜、舞が住む社の前に置きにいったの。
だけど……次の日。

村の者が、舞の家の前にあった三匹の牛に気付いてね。
このことが噂になってしまったのよ。
舞は、生けにえを自分の社にもっていっているって。

……ねえ、葉子ちゃん。
葉子ちゃんには、こんなことない?
自分が思ってもないことを、人にいわれたりするの。
1.ある
2.ないと思う