晦−つきこもり
>一話目(前田和子)
>L7

葉子ちゃん……。
嫌あね、冷たいこといわないで。
想像してみてよ。
実際、この村であったことなんだから。
平太は、伊佐男を殺した上、罪人にしようとしたのよ。
眉間を石で叩き割って。

それに使った石なんて目の前にしたら……。
冗談じゃないって思うけどね。
でも、舞はうつむいてこう答えたの。

「わかったわ……。伊佐男さんの魂は、私が責任をもっていさめる。
でも、伊佐男さんが罪人だとは思えないの」
「舞、あいつは折り紙の船を川に流していたんだぞ」

「それは……人が死んだからじゃないと思うわ。厄除けじゃないかしら。あの人、隣村で仕事している田んぼに、虫がわいて困るっていってたもの。だから、なんかのまじないをするっていっていたし」

平太は、眉をしかめてこう答えた。
「虫の厄除け? そんなもんに折り紙の船を使うなんて、聞いたことねえぞ。それにあいつ、本当に仕事なんかしてたのか?」
「……ひどい! なんてこというの?」

「舞、かわいそうに。辛いだろうがしっかりな。大丈夫、俺がついているよ」
平太はそんなことをいって舞の肩に手を回そうとしたの。

「やめて!」
舞は彼の手を思い切りはたいた。
でも、力を入れすぎたのね。
バランスを崩して、地面にくずれ落ちてしまったの。
「舞……」
平太は、そんな舞にごつごつした手をのばしてきた。
舞はとっさに、その辺にあった石を掴んだの。

「わかった、伊佐男さんの魂を弔うわ。船を作るわよ。折り紙の船じゃなくて、もっと頑丈なものを。だから……」
舞は必死だったわ。
こみあげてくる憎しみに身をまかせ、こう叫んだの。
「だから材料をちょうだい……!」

その日、平太は行方不明になってしまってね。
大勢で探したんだけど、いっこうに見つからなかったそうよ。
それで舞の家にも調査がはいったんだけど、彼女は知らないの一点張り。
数日がすぎていったの。

そして、舞が伊佐男の魂をいさめる儀式の日がやってきたわ。
罪人の魂を川に流す儀式は、村のはずれにある川で行われていた。
いつも早朝に、たくさんの村人の前で行われていたの。
でも、約束の時間になっても舞は現れなかった。

「どうする?」
「今、舞の家に迎えを出すよ」
何人かが迎えに行き、残りの人々は川原で待っていた。
でも、舞はいつまでたっても現れない。
しばらくして、迎えに行った者達が帰ってきたの。
舞は家にいなかったといって。

「舞は一体どこに……?」
村人達が、どうしようかと考えあぐねていた時。
川上から、平太が流れてきたの。
仰向けに手足をつっぱり、船のような格好をして。
眉間に細長い石をつきさされて……。

舞はその時川上にいてね。
流れていく川の水を見ながら、ぼうっと考えていたの。
(殺してしまった……)
これで舞は罪人になった。
罪は償わなければならない。
石で打たれ、折り紙の船がまた一つ川に流される。

(……こんな風習があるからいけないんだ)
舞は思った。
伊佐男は誤解で殺された。
伊佐男を殺したのはこの風習だ。
許せない。
みんな許せない。
なんでこんな思いをするのか。
平太を殺さなきゃならなかったのか。

気持ち悪かった。
石で眉間を叩き割った音。
罪人はみんなああなるのか。
自分もああなるのか。
冗談じゃない。
こんな風習があるからいけないんだ。
こんな風習があるからいけないんだ。
こんな風習が……。

舞は、そんなことをぶつぶつ呟きながら川に身を投げたの。
でも、なかなか死ねなかったそうよ。
川の水は浅くてね。
足を地につけたまま流されて、溺れなかったんだもの。

岩にあたって傷つき、冷たい水に流され、彼女は長いこと苦しんだそうよ。
死に際には、川の虫が舞の体をついばんでいたというわ。
これじゃ、死んでも死にきれないわよね。

川には舞の怨霊が出るようになった。
折り紙の船の弔いがあると、恨みのこもった顔をして現われるのよ。
「こんな風習があるからいけないんだ……」
そんなことをいっているかのような顔で。

……どう? 葉子ちゃん。
驚いた?
折り紙が、こんなことに使われていたなんて。
嫌あね、大丈夫よ。
今はそんなことないから。
遊びで折っても、全然問題はないんだから。
でも……実はね。

私、奇妙な石を持っているの。
ちょうど、この話に出てくるような、細長い石。

小さい頃、河原で拾ったのよ。
他の石とは違う、不思議な雰囲気があってね。
持つと、熱い感じがするの。
面白がって家に持って帰ったら、おばあちゃんに叱られたけど。
この村の河原の石は、むやみに持って帰ってはいけないってね。
それで、伊佐男と舞の話を教えてもらったのよ。

でもね……私、その石を捨てられなかったの。
捨てたら、呪われそうな気がしてね。
まあ、勝手にそう思っているだけなんだけど。

……ねえ。
見てみない?
あそこの仏壇に入っているから。
ふふ、おどしているだけだと思う?
だったら、仏壇の中を捜してみる?
1.捜す
2.やめておく