晦−つきこもり
>一話目(前田和子)
>M6

「舞? どこだ?」
伊佐男は、寝所に舞を捜しにいったの。
でも舞はいなかった。
「舞……」
伊佐男がしばらく呆然としていると、足音が聞こえてね。
いろりの部屋に誰かがきた気配がしたのよ。

伊佐男は、いろりの部屋に行ってみたわけ。
「……伊佐男さん!」
いろりの部屋にいたのは舞だったの。
舞は伊佐男にむかって駆け寄ろうとし、ふらりと体を傾けた。

「舞! どうした?」
「ごめんなさい、ちょっと立ち眩み。
今日は疲れているみたい。そんなことより伊佐男さん、何で折り紙の船を流していたの?」
「……誰から聞いた?」
「平太よ。あの人、村のみんなにいいふらしてるんだから」

「何なんだ、あいつ」
「もしかして、私が昨日おっ母さんの話をしたから? もうすぐ、おっ母さんの命日だっていったから?」
「あ、ああ、そうだよ」
「じゃあ、折り紙の船に何をのせたの?」
「何をって……何も」

「……そう。伊佐男さん、折り紙の船でする弔いには、ふつう亡くなった人の形見をのせるものなのよ。でもいいわ、平太は嘘をいったのね。あいつ、伊佐男さんが人間の髪の毛みたいなものをのせてたっていってたわ」

「……あいつ、そんなことまでふれまわっているのか?」
伊佐男は、急に野太い声をさらに低くさせた。
そして、ゆっくりと舞の首に手をあてたの。

「伊佐男さん!?」
「すまんな」
「えっ? すまんって?」
「すまんな、いままでだましていて……」
「伊佐……うぐっ」
舞は首を絞められ、声にならないうめきを発したの。

村人のいうことは正しかった。
伊佐男は、よその村で盗みを働いて暮らしていた罪人だったのよ。
「平太がよけいなことをしなければ、おまえのことを大切にしてやったのに。いつまでも村人に愛想を振りまいて……」
伊佐男は川で、呪いをかけていたの。

隣村の長者を呪い殺し、財産を拝借しようとしていたのよ。
伊佐男が生まれたところでは、そういう儀式があったのね。
「ど……うし……て? 伊佐男さ……」
舞は、しばらくしてからぐったりして動かなくなった。
すると、伊佐男は無気味な笑いを浮かべながらこういったの。

「次は平太だな……」
伊佐男はまず、少しでも金になりそうなものを捜したわ。
「ちっ、何もねえ。ん、まてよ……」
舞がいつも着ていた赤い着物。
伊佐男は小さなタンスをあさり、舞の着物をとりだしたの。

「綺麗な着物だと思っていたら……驚いた。こいつは結構な品だ」
赤い着物は、舞の母の形見だった。

毎日着ていればあせるはずなのに、不思議と色落ちがしなかったそうよ。
「こいつを持っていくか」
そこで着物を風呂敷に入れ、家を出たの。

肌寒い日だった。
伊佐男が外に出ると、庭に誰かの影がうごめいていた。
よく見ると、それは平太だったの。
舞が心配で様子を見に来たのね。
「いいところに来たな」
伊佐男は、赤い着物を着て彼に近付いていった。

「……舞?」
平太は、舞の着物を着た伊佐男に近付いたわ。
「おい舞、大丈夫か? 伊佐男の奴、やっぱり危ないぞ」
伊佐男は黙っていた。
近付いて、平太が伊佐男に気付き、驚いたところで不意打ちをしようとしたの。

「舞、俺の家に来ないか? ここより安全だぞ」
平太はそんなことをいって、伊佐男の腕を掴んだ。
でも、それが伊佐男だと気付かなかったの。
伊佐男は、なんて鈍い奴だと思った。
あるいは、暗闇のせいかもと。

そこで平太が気付くまで、じっと待っていたの。
すると平太は、伊佐男を庭から引っ張り出そうとしたの。
「ちょっ……離……!」
叫んで伊佐男はぎょっとしたわ。
喉から出たのは、自分の声じゃなかったんだもの。

それは、女の声だった。
(ま、舞の声……!?)
伊佐男は口に手をあてたわ。
寒いはずなのに、額に汗が浮かんでいた。
着物がすごく重く感じて、体が震えてきた。
(気のせいだ、きっと気のせいだ。
もう一度声をだせば、自分の声が出てくるに違いない……)

伊佐男は、喉に手をあてて大声をだした。
(助けてくれ!)
そう叫んだつもりだった。
だけど口から出たのは、こんな言葉だったの。
「平太さん、心配してくれてありがとう。家に来て、ごちそうするわ……」

平太は、喜んでついて来た。
舞の声に誘われたんだもの、当然よね。
二人は、いろりのある部屋まで歩いた。
伊佐男は何度も逃げ出そうとしたわ。
けれど、体が思うように動かなかったの。

勝手に進んで行くのよ。
いろりのある部屋に。
いろりの側には、殺した舞がいる。
部屋の明かりを付ければ、自分の姿が見えてしまう。
伊佐男はあせったわ。
でも、あせればあせる程体が思うように動かなくなるの。

そうして、二人はいろりの部屋に入った。
平太が部屋の明かりを付けると、そこに殺されているはずの舞はいなかった。
(ばかな! 舞はここで死んでいるはず……)でも、そこには誰もいなかったの。
そのかわり、伊佐男は背中にずっしりと重い感触を感じた。

「ねえ、舞さん……」
あかりをつけた平太が伊佐男の方を向いた。
そこには……。
「舞さ……うわあああーーーーっ!!」

伊佐男は背中に赤い着物でなく、血だらけの舞を背おっていたの。
舞は目を見開き、口をだらりと開けていた。

そして伊佐男が振り落とそうと動くたびに、伊佐男の目をじろり、じろりとにらんだの。
血がしたたる目をぎょろぎょろ動かしながら……。
平太は逃げ出した。
でも、伊佐男は逃れられなかったの。

平太が大勢の村人を連れて戻って来た頃には、虫の息だったそうよ。
それから伊佐男がどうなったかはわかるわよね。
眉間を石で打たれ、罪人の弔いをうけることになったの。
伊佐男を打った石は、折り紙の船で川に流されたわ。

……でもね。
伊佐男が罰をうけても、舞の魂は救われなかったの。
舞の赤い着物は、お寺におさめられ、今も見ることができるんだけど。
時々、夜中に姿を消すそうよ。
着物が戻ってくると、お寺の床がぐっしょり濡れているんだって。

まるで、川の水を浴びたかのように。
涙を流しているかのように……。
……実はね。
私、奇妙な石を持っているの。
ちょうど、この話に出てくるような、細長い石。

小さい頃、河原で拾ったのよ。
他の石とは違う、不思議な雰囲気があってね。
持つと、熱い感じがするの。
面白がって家に持って帰ったら、おばあちゃんに叱られたけど。
この村の河原の石は、むやみに持って帰ってはいけないってね。
それで、伊佐男と舞の話を教えてもらったのよ。

でもね……私、その石を捨てられなかったの。
捨てたら、呪われそうな気がしてね。
まあ、勝手にそう思っているだけなんだけど。

……ねえ。
見てみない?
あそこの仏壇に入っているから。
ふふ、おどしているだけだと思う?
だったら、仏壇の中を捜してみる?
1.捜す
2.やめておく