晦−つきこもり
>一話目(山崎哲夫)
>G5

えーっ、なぜだい?
葉子ちゃん!
山が好きなんだったら、ずっと登ればいいじゃない。
山が好きだって、いっただろ?
うーん、信じられないなぁ。
自分だったら、いつまでたっても登り続けたいと思うんだけどなぁ。

人それぞれなのかなぁ……。
それとも、葉子ちゃんが変なのかなぁ……。
いや、どうしてこんなことをいっているのかというとな。
谷村君達が、追い抜いた人たちって、みんな年をとった人たちばかりだったんだよ。

全員、五十歳ぐらいの人たちばかりだったのさ。
谷村君はな、自分たちが年をとっても、この人たちみたいにいつまでも山に登り続けることができたら、どんなにいいだろうなと思ったんだ。
谷村君も山が好きでたまらなかったからな。

谷村君達は、その人たちを追い抜いて、通り過ぎようとした。
するとな、その人たちの先頭を歩いていた人が、話しかけてきたんだ。
「はい、なんでしょう」
谷村君は、笑顔で答えた。
その人は、眼鏡をかけていて、とても優しそうな顔をしている男の人だった。

「どうも、すみません。お引き留めして……。お若い方ばかりの人たちなんで、びっくりしましてな。
つい声をかけてしまいました」
「……はぁ」
別に大学生のグループなんて、めずらしくもなんともないのにな。

その人はそういうんだ。
後ろにいた人たちも、うんうんとうなずいている。
谷村君達もな、別にめずらしくないんじゃないかと思ったんだ。
どちらかというと、その人たちぐらいの年の人たちばかりで、登っている人の方がめずらしいんだし。

「私達を見てくださいよ。みんな年をとったものばかりで。さすがに、この年になると、山登りはこたえますよ」
「ハハ……」
谷村君は、愛想笑いをした。
どう答えたらいいのか、わからなかったんだ。

「それじゃあ、お先に……」
谷村君達は、そういって先に進んでいったんだ。
「なんだったんだろうな、あのおじさん……」
「でも、めずらしいわよね。あの人たちの前に見た人たちも、結構年取った人たちだったじゃない。

今日は年輩の人たちが集まって、レクリエーションかなにかしているのかしら」
一緒にいた女の子が、そういった。
でも、まさかこんなところでレクリエーションなんかやってるわけないよな。
でも、谷村君もそう思ったんだ。

そういえば、確かにあの人たちの前にあった人たちも、年を取った人たちだったような気がするな……って。
確かにめずらしいよな。
山の上で、年を取った人たちばかりと会うなんて。
低い山じゃないんだぞ。
普通、あんまり考えられないよな。

それからは、みんな一言もしゃべらずに歩き続けた。
しばらく行くとな、また前方の霧の中に人影が見え始めたんだ。
「おい、また誰か登っているぞ……」
仲間の一人が、そういった。

みんな緊張して、固唾を飲んだ。
その人たちは、だんだんと自分たちの方へ近づいてくる。
谷村君達は、気持ちが悪くてな。
どう見てもその人たちの後ろ姿は、年をとった人にしか見えなかった。

谷村君達は、なるべく気にしないようにしながら追い抜いていこうとしたんだ。
その時だった。
その人たちのうちの一人が、話しかけてきたんだ。

谷村君達は、心臓が止まりそうだったよ。
聞いたことがある声だったからだ。
谷村君達は、ゆっくりと振り向いた。
そして嫌な予感は当たったんだ。

そこに立っていたのは、さっき話しかけてきた人たちだった。
(どうしてこの人たちが、ここにいるんだ……)
そう思うと、血の気が引いていくような気がした。
「やあ、さすがに登るのが速いですな、若い人たちは」

さっき話しかけてきた、優しそうなおじさんが、にこにこしながら話しかけてきた。
みんな、なにもいうことができなかったよ。
「どうしたんですか? そんな驚いた顔をして……」
黙って立っている谷村君達を見て、優しそうなおじさんがそういった。

谷村君は、思い切って聞いてみたんだ。
いつの間に、自分たちを追い抜いたんですかって。
そうしたら、そのおじさんは、こう答えたんだ。
「私達は、君たちを追い抜いてなんかいないよ。君たちが、私達に追いついてきたんじゃないか……」

谷村君達には、そのおじさんがなにをいっているのか、理解できなかった。
「君たちは、どうやらここに来て、間もないようだね。それならば、教えてあげるよ。ここはね、『次元の狭間』なんだ」
「次元の狭間?」

「そう。次元の狭間。まあ、私達が勝手にそう呼んでいるだけだけどね。君たちが登っていたあの山ではね。たまに、ここへの入り口が開くことがあるんだ。君たちは、たまたまその入り口に入ってしまったんだよ。それで、ここに来てしまったんだ」

「からかうのは、やめてください」
谷村君は、ムッとした声でそういったんだ。
急にそんなことをいわれたって、信じられるわけがないからな。
すると、そのおじさんは答えた。

「からかってなんかいないさ。君たちには、まだ理解できないかもしれないけどね。でも、本当のことだ。君たちは、私達に二回も追いついた……。普通、こんなことは考えられないだろ? 私達が、君たちを追い抜いていないかぎり……」

「……はい」
「でも、私達は、君たちを追い抜いてはいないんだ。そうだろ?」
「……はい」
「ここではね、あるところまで登っていくと、元の場所に戻ってしまうんだ。だから君たちは、また私達に追いついたのさ。私のいっている意味が分かるかい?」

谷村君達は、そう聞かれたんだ。
葉子ちゃんには、このおじさんがいったことの意味が分かるかな?
1.わかる
2.わからない