晦−つきこもり
>一話目(藤村正美)
>E6

やっぱり。
けれど、予想以上に彼は頑張りましたの。
いつ倒れてもおかしくない状況で、研究を続けていたんですわ。
そのままだったら、きっと有名な博士になっていたと思います。
でも……。

あるとき、彼の家が、火事になりましたの。
あの当時の家は、木造だったでしょう。
火のめぐりは、相当速かったらしいんです。
青年が、逃げる時間もないほどにね。

消火設備も不完全だったらしくて、青年の家は全焼してしまったんですって。
焼け跡からは、黒こげの炭しか見つからなかったそうです。
しばらくしてから、あの火事は放火じゃないかという噂が流れたといいますわ。

でも、証拠があったわけではないし、いつの間にか噂も立ち消えになったんです。
ただ代わりに、奇妙な物が目撃されるようになったんですって。
夕闇に浮かびながら、燃え続ける虫たちが。
見ていた人の話だと、普通に飛んでいた虫が、いきなり燃え出すというんですの。

不思議でしょう。
でも、中山さんはいっていましたわ。
「あれは、あの人の生まれ変わりだよ。そうでなければ、虫たちがあの人を恋しがって、焦がれて死んでしまうのさ……」
ロマンティックな考え方ですわよね。

でも、中山さんがいうと、本当にそうではないかと思えるんです。
「いいよねえ、虫たちは。
私も、あの人のところへ行きたいねえ」
そんなことをいって、ため息をついているんですもの。

彼女は、その青年が好きだったんですわ。
初恋だったのかもしれませんわね。
それから少しして、中山さんの容態が悪化しました。
たくさんのチューブにつながれて、彼女の姿は急に小さくなったように見えました。

か細い声で、私にいうんです。
「やっと、あの人のところへ行けるよ……嬉しいね」
そして、静かに目を閉じたんですわ。
高い機械音が、中山さんのご臨終を宣告しました。

次の瞬間、彼女の指先から、小さな炎があがったんです。
見守る私たちの目の前で、炎はどんどん大きくなりました。
そして、ついには彼女の全身を包み込んで、燃えだしたのです!
夢のような光景でしたわ。
白い壁をなめるように、ウネウネともだえる紅蓮の炎。

部屋中で、オレンジ色の悪魔が踊っているようでした。
想像できるかしら、葉子ちゃん。
あなたの頭の中の光景は、どんな風に見えて?
1.きれいだと思う
2.怖いと思う
3.何とも思わない