晦−つきこもり
>二話目(前田和子)
>A4

「……うん」
秋山君がそういうと、ヒナキちゃんはニッコリ笑って近付いて来たの。
「あ、俺も、俺も!」
その時お調子者の田崎君が、自分も会いたかったと告げてしゃしゃり出て来てね。

ヒナキちゃんの目線は、ゆっくりと彼に移ったの。
そして彼女は、そのまま田崎君の頬をつねったのよ。

「痛てててっ!!」
ひどいわよね。
田崎君は、すぐさま文句をいったわよ。
「何すんだよっ!」
「あら、だってあなた、私に会いたかったんでしょう」
「会いたいと何でつねるんだよ」

田崎君は、ヒナキちゃんを睨みつけたの。
「おい、田崎……やめなよ」
なだめたのは秋山君。
田崎君は引き下がらなかったわ。
「何でつねるんだよ」
「さあ……」

ヒナキちゃんは、さあ、といったきり。
ニヤニヤと笑っていたの。
「…………」
さすがの田崎君も気味が悪くなってね。
秋山君と目を見合わせたの。
するとヒナキちゃんは、こういったのよ。

「田崎君、近いうちに、つねられるよりもっと痛いことが起こるわよ……」
「田崎、いこう!」
秋山君は、田崎君を引っ張ってその場を去ったの。
……次の日。
学校で、クラスのみんなが田崎君の机に群がったの。

横には秋山君もいたわよ。
「……昨日はまいったぜ。あのな、ヒナキちゃんってのは……」
田崎君は、ヒナキちゃんとの一件をみんなに話していたの。
「田崎達、すげえな。本当にヒナキとかってのに会ったんだ?」
「誰かのいたずらじゃねえの?」

あれこれいうクラスメート達。
「俺さあ、近いうちに、なんか痛い目にあうんだってよ」
田崎君が、信じていないって口ぶりでそういったの。
「ぎゃはは! お前、そんなこといわれるために会いに行ったのかよ?」

「秋山は何にもいわれなかったのか?」
「………」
秋山君は、ずっと黙っていたの。
そして放課後。
なんと、ヒナキちゃんの予言は当たってしまったのよ。

田崎君は、階段から落ちてケガをしたのよね。
「田崎……ヒナキちゃんって、やっぱり普通の子じゃないよ」
秋山君は心配していったんだけど。
「ばからしい。冗談じゃないぜ。
もう俺は知らねえよ」

田崎君はふくれっつらよ。
朝、得意げに話していた時とはうって変わってね。
「田崎……僕、気になることがあるんだけど」
「何だよ」

「何だか嫌な予感がしてしょうがないんだ。これで終わりではないような……。あのさ、その……もう一度、ヒナキちゃんに会いに行かないか?」
「やめろよ。お前、怖じ気付いてたくせに。よけいなことすんなよ」
田崎君は、それだけいってその場を去ったの。

その日の放課後。
「あれ? 秋山はもう帰ったのか?」
田崎君は、教室の周りをうろうろしていたの。
秋山君が、田崎君をおいて先に帰ってしまったからね。
その頃、秋山君は私有地に向かっていたのよ。

田舎の道を、さくさく踏みしめて進んでね。
そしてたどり着くと……ヒナキちゃんはいたわ。
青いスカートを揺らしながら。
今度は寝ころがっていなかったの。
「……あの……」
秋山君がゆっくり近づくと……。

「痛たたたっ!」
ヒナキちゃんに髪を引っ張られたの。
嫌な子よねえ、ヒナキちゃんって。
「な、何で……」
秋山君はヒナキちゃんの目をじっと見たの。

ヒナキちゃんは、ニコリともしなかったわ。
「今度は、これよりもっと辛いことが起こるわよ」
ただ、静かにそういったの。
次の日。
秋山君が学校に行くと、すぐさま田崎君に呼び止められたの。

「秋山、お前昨日なんで先に帰ったんだよ」
「え……」
田崎君は、すごく怖い顔をして睨んだの。
「ヒナキの所か?」
秋山君はね、目をそらしたわよ。

「……そうだよ」
「なんで何にもいわないで行くんだよ」
「いったじゃないか。又行こうって」
「放課後行くなんていわなかったろ」
「だって、田崎が行かないっていったから……」

「勝手なことすんなよ」
田崎君は、秋山君を強く睨んだの。
「勝手って……なんだよ。僕、何か嫌な予感がするんだよ」
「あいつのとこなんか行くな。お前も痛い目にあうぜ」
「痛い目かどうかは知らないけど……辛いことが起こるっていわれたよ」

秋山君がそういうと、田崎君はちょっと黙り込んだわよ。
「……バカかお前。行くなっていったのに」
「でも……逆に考えれば、何か悪いことが起こる前に予知できるのってすごくない? これから何が起こるのか考えると不安だけどさ。
何かあるってわかってたら、予防できるかもしれないじゃないか」

「……辛いことか。じゃあ、俺しばらくお前に近づくのよすかな。
災難がかかるかもしれねえし」
「……田崎。冗談でもそれはひどいよ」
「冗談じゃねえよ。俺だって痛い目にあったもんな。お前も気をつけろよ」

田崎君はそういうと、さっさとどこかにいってしまったの。
(辛いことってこれか……)
せっかく仲良くしていたのに、こんなことでケンカになるなんてね。
ヒナキちゃんの言葉は当たったの。

でもね、秋山君がヒナキちゃんに会いに行かなければ、ケンカすることなんてなかったんじゃない?
私だったら、この時点でもう手をひこうと思うわよ。
秋山君って、わざわざ不幸を貰いに行ったようなもんだもの。

でも、秋山君はそうは思わなかったの。
ヒナキちゃんの不思議な力にますます惹かれてしまったわけ。
……ヒナキちゃんは、何かを予知している。
自分達があの私有地を訪ねたことも、ヒナキちゃんにはあらかじめわかっていたことなのかもしれない。

そう思うと、秋山君はいてもたってもいられなくなったの。
「……田崎。僕、もう一度ヒナキちゃんの所に行くよ」
秋山君は、一人で呟いたの。
その日の放課後、秋山君は又一人で帰って私有地に向かったの。
やめときゃいいのに。

……ヒナキちゃんは、青いスカートを揺らして立っていたわ。
1.近づく
2.やっぱり帰る