晦−つきこもり
>二話目(藤村正美)
>A2

そんなある日、お見舞いの人がいらっしゃったの。
背の高い、生真面目そうな男の方。
本来なら、面会など許される状態ではなかったんですけれど、特別に許可が下りました。
彼は真壁さんといって、河合さんとは将来を約束した仲のようでした。

二人は病室の中で、長い間、話をしていましたわ。
この日をきっかけに、やせこけた河合さんの顔に、笑顔が戻ったんです。
少しずつ、食事もとるようになりました。
そうなればもう、回復を待つばかりですわ。

真壁さんは、何度もお見舞いにいらしていました。
やっぱり、愛の力って偉大ですわね。
彼女の笑顔を初めて見たのも、この頃でしたわ。
穏やかで美しい表情でした。
真壁さんのような優しい恋人がいてくれれば、幸せになれますわよ。

ええ、これでハッピーエンドのはずだったんです。
……ところが、そうならなかったんですわ。
その頃、病院には一つの噂がありました。
夜の見回りも終わった真夜中、病院内を歩き回る足音がする……という。

ボウッと白く浮かび上がった足だけが、廊下を歩いているのを見た人がいるというんです。
まあ、どこの病院にも、よくある話なんですけれど。
そう……ある晩、十一時過ぎのことでした。
河合さんは、車椅子を使って、お手洗いに行っていたんですわ。

そして帰ろうとすると、背後から足音が聞こえました。
巡回の看護婦かと思って、彼女は何気なく振り向きました。
そこにいたのは、ふくらはぎから下しかない、一対の足。
湿ったような、かすかな足音をさせながら、彼女に向かって歩いてくるのです。

「ひっ!」
もちろん彼女も、例の噂は知っていました。
でもまさか、自分が見てしまうなんて。
彼女は必死でしたわ。
けれど、扱い慣れない車椅子は、思うように動いてくれません。

ぴしゃ、ぴしゃ……。
足音はだんだん近づいてきます。
恐怖とじれったさで、目尻に涙が湧きます。
足音は近くなって、もうすぐ後ろまで来ています。

「いやーーーーっ!」
間一髪、つかんだドアノブを押して、彼女は病室に転がり込みました。
ガシャーンと、車椅子が転がる音。
背中をぶつけるようにして、たたきつけるようにドアを閉めました。
………………………………………。
外からは、何の物音もしません。
そっと覗いてみると、足の幽霊の姿は、消えていたのですわ。

ねえ、葉子ちゃん。
あなたがもし、こんな不思議な体験をしたら、どうします?
1.自分で調べてみる
2.医者に相談する