晦−つきこもり
>二話目(藤村正美)
>G3

そうでしょうね。
彼女も、担当の医師に相談したのですわ。
もちろん、笑われて終わりでしたけれど。
吉村というその先生は、彼女に霊なんていないんだと、いい聞かせたんです。

「何かの見間違いでしょう。不安なら、次の当直のときに確かめてみましょう」
吉村先生は、胸を叩いて笑いました。
そして、次の当直の日。
「心配しないでくれたまえ。幽霊がいたら、捕まえてきてやるよ……はっはっは」

なんていって、先生は夜の見回りに出かけました。
夜の病院って、想像できるかしら?
昼間の人の気配が消えて、白い壁とまっすぐ伸びた廊下が、妙に冷たくよそよそしく見えるんです。

見慣れているはずの私でさえ、ときどき恐ろしいと思いますわ。
強がってはいたけれど、吉村先生も怖かったでしょうね。
真っ暗な廊下を、懐中電灯の明かりだけで行くんですもの。
消灯後は、廊下の電気も消しますからね。

でも、今さら引き返せるはずもないですわ。
残された道はただ一つ。
吉村先生は、できるだけ急いで見回りを終わらせようとしました。
先生にとっては、「見回りをしたけれど何もいなかった」という事実が、必要なだけですものね。

ほとんど小走りになって、廊下を進んでいたんですわ。
だから、しばらくは気づかなかったんでしょう。
我に返ったとき、自分以外の足音が聞こえたんです。
それも、普通の靴音ではありません。

ぴしゃ……ぴしゃ……という、濡れた音なんです。
まるで、たった今水から上がってきた何かが、歩いているような……。
とっさに振り返っても、今歩いてきた廊下には、誰の姿もありません。

先生は、周りを見回しました。
足音がどこから聞こえるのか、全然わからないんです。
後ろから聞こえた次の瞬間には、前から響いて来るんですわ。

こんなことって、あり得るのかしら?
1.あり得る
2.あり得ない