晦−つきこもり
>二話目(前田良夫)
>K5

そうか、まあいいけどさ。
今話したいのは、そんなことじゃないんだもん。
そいつの話を聞いてるとき、俺は妙なことに気づいたんだ。
話し声にかぶって、小さくうなり声が聞こえるわけ。
気のせいかと思ったんだけど、隣の奴も不安そうに俺を見るじゃん。

この部屋の中に、俺たち以外の誰かがいるってこと……?
部屋を見回してみた。
懐中電灯の光は弱々しくって、部屋の隅っこまで届かない。
布団の陰に隠れていたら、見つけられるわけない。

「何だよ、どうしたんだ……」
怪談していた奴が、不満そうに聞いてきた。
そりゃそうだよな。
せっかくの話を、全然聞いてなかったんだから。

でも、真面目な話、怖かったんだよ。
そのとき、不意に一人が窓を指さして、悲鳴をあげたんだ。

「あれ、何だ!?」
あわてて振り向いた俺が見たのは、ガラスにベッタリとついた、手のひらの跡だったんだ。
「何だ、びっくりさせんなよ」
俺は、そいつの肩を叩いた。
でも、そいつはぶるぶると震えてるんだ。

「あの手の跡……今ついたんだぜ……」
「まさか。そんなわけないよ」
「今まで気づかなかっただけじゃないの」
みんな口々にいった。
「そんなんじゃない! 確かに、俺が見ている前でついたんだ。大体どうやったら、あの窓に手形なんてつけられるんだよ!」

奴の一言で、みんなシーンと黙り込んだ。
確かにそうだ。
ここは三階なのに、何で外から手形がつくんだ?
俺たちが、思わず顔を見合わせたときだった。
また悲鳴があがった。

俺はとっさに、窓を見たんだ。
目の前で、窓ガラスに新しい手形がついた。
何度も何度も、まるでガラスを叩き割ろうとしているみたいだった。
だけど、見えるのはガラスについた手形だけなんだ。

当然あるはずの、手形をつけてる手は、どこにも見えないんだよ。
透明な手が、ガラスに押し当てられている……。
そんな感じだった。
見る見るうちに、窓は手形でいっぱいになった。

たくさんの手が、部屋に押し入ろうとしているようにも見えたぜ。
俺たち、怖くてたまらなくなった。
それで、布団部屋を飛び出したんだ。
自分たちの部屋に戻るまで、生きた心地がしなかったよ。

今にも、ガラスを破った透明な手が、追いかけてくるんじゃないかと思ったからさ。
部屋に戻って布団をかぶって、やっとまともに息ができるようになったんだ。
それで深呼吸したら、隣の布団が持ち上がるんだよ。

中から、怪談をしてた仲間が覗いた。
みんな一緒に、同じ部屋に飛び込んじゃったんだ。
まあ、しょうがないよな。
怖くて、みんなと離れたくなかったんだよ。
その気持ちは、よくわかるぜ。

中の一人が、俺に話しかけてきた。
「なあ……肝試し組の奴ら、遅くないか?」
そういえば、そうなんだ。
時計を見たら、いつの間にか二時間近く経ってた。
俺は、肝試しなら湖がいいって、教えておいたんだよ。

だけど湖なんて、昼間なら十五分で往復できる距離なんだ。
いくら暗い夜だといっても、こんなに時間がかかるわけない。
ひょっとしたら、森の方へ行って、迷っちゃったんだろうか。
それなら、先生にいった方がいいかもしれない。

でも、きっと怒られるだろうな。
あ、別に先生が怖いんじゃないぜ。
怖くないけど、やっぱり嫌な気分だよな。
怒られるのが好きな奴なんて、いないじゃん?
1.そんなことはない
2.それはそうだ