晦−つきこもり
>三話目(前田和子)
>K6

あら嫌だ。
私、そんなに薄情じゃないわよ。
私に何かがのりうつっていたとしたら、犬よね。
まあ、あんまり邪悪な感じはしなかったから、しばらく様子をみることにしたの。

……そうしたら、又、犬になった夢を見たのよ。
ほら、前の夢では私、女の子の家で飼ってもらえなかったじゃない。

だから、その子と外で会ってよく遊ぶようになったわけ。
広い原っぱだったわ。
「ワン、ワン!」
女の子がボールを投げ、私が拾うの。

楽しかったわよ。
私がボールを取って来ると、女の子がすごく嬉しそうな顔をするの。
何度やっても、飽きずに笑うのよ。
それがかわいくって。
ゴムのボールには、私の歯形があちこちについていたわ。

ノラ猫やノラ犬が近寄ってきたら、思い切り吠えてやったわよ。
これは私のボールなんだからって。
本当は女の子のボールだったのにね。
……そうして、何度も遊んだ後。

ボールを取ってきたら、女の子の側に、男の子がいたの。
悪ガキって感じの子。
誰なのかしらって思ってね。
男の子を睨みながら、女の子にボールを渡したのよ。
そうしたら、ひどいのよ。
男の子が、何かいいながらいきなりボールを奪ったんだから。
嫌がる女の子の腕を掴んでよ。

「ワ……!」
私、立ち向かったわよ。
女の子をいじめるなんて、許せなかったし。
男の子は、私を思い切り睨みつけたの。
頭にくるわよね。

「ガルル……!」
当然、うなってやったわよ。
噛みついてやろうかって思いながら。
それが通じたのかしら、男の子は一瞬ひるんで、いきなり向こうにボールを投げたのよ。
ボールは女の子が投げるより、遠くに転がっていったの。

急いで拾いにいったわ。
すると女の子は、後ろから追いかけて来たの。
男の子も追いかけてきたわね。
幸い、女の子よりは遅かったけど。
原っぱが滑りやすかったから、転ばないように気をつけているみたいだったわね。

私、思い切り走ったの。
ボールを取りにいかなくちゃならなかったし、男の子をふりきってやりたかったし。
でも、どうして女の子が勢いよく走っていたのか、考えるべきだったわ。
「…………!!」

いきなり、女の子の叫び声が聞こえたの。
男の子の声も。
そして、車のブレーキ音。
抱きとめられる感覚。
頭に衝撃が走ったわ。
それから浮遊感。
宙に浮かびながら、どうしよう、どうしようって思って。

コンクリートの道路に、回転しながら落ちたの。
頭がガンガンして、いまにも気を失いそうだったわよ。
でも、このまま倒れてたら、他の車が又通るって思って……。
起きなきゃ、起きなきゃって何度も考えたわ。

だけど、だんだん目の前が真っ暗になっていったの。
……気がつくと、私は車道で倒れていたのよ。
口の中がやけにすっぱかったわ。
おでこの辺りに、何かが流れているような感覚があってね。

車道には血の跡。
そして、あのボールが側に落ちていたの……。
「クウン……」
我ながら、情けない声が出たわ。
でも、一体何が起こったのか、確かめなきゃって思ったの。

車がウワンウワンいう音が聞こえていたわ。
救急車がきていて、誰かが担ぎ込まれていたのよ。
……女の子だったの。
彼女はおそらく、車道に飛び出した私を追って……。
私は、救急車を追いかけたの。

……それでね、ここで目がさめたんだけど。
葉子ちゃん。
同じ夢を、何度も見たことってある?
1.ある
2.ないと思う
3.よくわからない