晦−つきこもり
>四話目(山崎哲夫)
>P6

なーんだ、実はあるんじゃないか。

奇妙な足音っていうのは、けっこう有名な現象なんだな。
よーし!
自分が、その足音に出会った時に一番有効な対処の方法を教えてやろう。
それは……。
無視することだ!
いいか? これは大事なことだぞ。

ずっと、自分ら冒険家たちの間で語り伝えられてる方法なんだからな。
その時まで、自分は噂でしか聞いたことなかったが、一人で山に登ると、山で死亡した人間の幽霊がついて来ることがあるっていうんだ。

どうやら自分が聞いた足音も、この幽霊のものだったようだな。
もちろん、自分は仲間の情報通り、足音なんか一切無視して下山を続けたさ。
どれくらいそうしていただろうな……。
山頂付近の空がピカッと光ったんだ。

その後ややあって、雷鳴が響く。
これは急いだ方がいいな……。
そう思った瞬間だったよ。
例の足音が、突然、ものすごいスピードで自分を追い抜いて行ったんだ。
さすがに、その時はちょっと驚いた。

足音に追い抜かれたって話は、聞いたことなかったからな。
だが、まぁ……。
この時は、ちょっと驚いた……ぐらいのことだったんだ。
本当の恐怖は、この後やって来たんだよ。
……自分は黙々と歩いた。
もう自分以外の足音は聞こえない。

時折、雷鳴が轟くばかりだ。
当然のことなんだがな……。
不思議なことに、なんだか心が落ち着かないんだ。
ずっと聞こえていたものがパッタリと止まったせいで、かえって恐ろしくなったっていうのか……?
しかもな……。

最悪なことに、とうとう雨まで降り出したんだ。
こういうのを『泣きっ面にパンチ』っていうんだよな。
……あ? 違ったか?
蜂?
がっはっはっはっは……。
そんな小さいこと気にするなよ、葉子ちゃん。

そんなことじゃ、一人前の男にはなれないぞ。
……ああ、ごめん。
葉子ちゃんは女の子だったな。
がっはっはっはっは……。
まぁ、どっちにしても小さいことだ。
偉大な大自然の前ではな。
……そうだろ?

うん、うん。
そうなんだ……。
自然の力の前では、自分のような冒険家も、そよ風に飛ばされるタンポポの綿毛と同じなんだ。
この時もな、雨は土砂降り、しかも雷が遠慮なく鳴り響いてるだろ。
本当にお手上げ状態だったよ。

下手に動くのは、かえって危険だ。
自分は足元に気を付けながら、雨宿りのできるような場所を探したんだ。
慎重に……、慎重に……な。
するとな……。
自分の位置から少し下った所に、一軒の家が見えたんだ。
山小屋か……?

とにかく、自分はそこへ移動することにしたよ。
雨宿りさえできればよかった。
木の陰でも、洞窟でも、どこでもよかったんだからな。
家があったっていうのは、とてつもなく幸運だったんだ。
たどり着いてみると、そこは山小屋だった……。
自分が思った通りだ。

どうだい? 冒険家のカンってやつも、まんざら捨てたもんじゃないだろ?
……遠目じゃわからなかったが、山小屋はひどく痛んでてな。
ここ何年もの間、まったく手入れされてないって感じだったよ。

いったん戸口に立って中の様子をうかがったんだが、まったく人の気配は感じられなかった。
いちおうノックし、声もかけてみたんだが、返事はなかったよ。
それで、自分は大きく戸を開けて、小屋の中に踏み込んだんだ。

小屋の中は、予想していた以上に暗かったし、妙に肌寒かったよ。
雨が降り込んでくるから、すぐに戸を閉めるだろ。
もう真っ暗さ。
……どうだろう、葉子ちゃん。

こういう時は、まず何をするべきだと思うかい?
1.食事をする
2.睡眠を取る
3.火を起こす