晦−つきこもり
>四話目(鈴木由香里)
>F6

えっ!?
針のむしろ……?
……それだぁ!!
すごいや葉子!
よくわかってんじゃん。

まさにその通り。
ショップに手紙が届く度に、私は針のむしろに座らせられてる気分だったよ。
呪詛人形を作るのを、やめた方がいいんだろうか……って、先生の妬みの視線がきつくなってくるたびに考えてたさ。
そんなある日……。
マザー・アンジュ宛で、

『先日、先生の呪詛人形を買ったんですが……』
って書かれたハガキが届いたんだ。
努めて冷静さを装いながらも、マザー・アンジュはハガキを手に、いそいそと奥のプライベートルームへ入ってったよ。

フウッ、これで少しは、風当たりが弱まるといいんだけど……。
あの時はマジでそう願ったね。
だけどさぁ、現実ってそうそう甘くはできてないんだよね。
その日を境に、マザー・アンジュは、ほとんど人前に姿を見せなくなったんだ。

ショップは営業していても、ずっとプライベートルームにこもりっきりでさぁ。
たまにドアが開いたかと思うと、ギラギラした目が奥から覗いてる。
そして、私の一挙手一投足をジィーッと監視してるのさ。

私がそれに気付くと、フッと奥へ隠れ、またドアを固く閉じてしまう。
そんなことが何度繰り返されたか……。
いくら私がタフでも、ちょっと疲れちゃってさぁ。
疲労がピークに達した頃からかさぁ……。

『見られてるっ!!』って、強迫観念にとり憑かれちゃってたみたいなんだ。
一人っきりでいても、人が大勢いる所にいても、
『誰かが私を見てる!』
……って気がして、四六時中、落ち着かないんだって。
目の端をチラチラと影が移動するのが見えたり……。

鏡や窓に映った私の背後に黒っぽい人影が漂ってたり……。
視線を感じて振り返ると、左肩越しに影法師のような人の顔があったり……。
以前なら、こういう時はマザー・アンジュに相談してたんだけどさぁ。
ちょっと、そんな状態じゃないもんねぇ。

このバイトも、もうそろそろ潮時かなぁ……って、思い始めてた。
……その日も、どうにか無事に閉店時間を迎えたんだ。
マザー・アンジュは、あいかわらずプライベートルームにこもったきりだったけどね。

私は、いつものようにショップの戸締まりを済ませて外に出たんだ。
ちょうど、シャッターを閉めた時、ふいに裏口の方で物音がしたのよ。
そーっと開けたドアを、そーっと閉じる……、そんな感じの音。

ショップの裏口は細い路地に面してたんだけどさぁ。
明るく賑やかな表通りと違って、日が暮れると同時に真っ暗になっちゃうような、じめじめした裏通りってやつ。
その暗がりの中に、フッと白いものが見えたのさ。
最初は、大きな蛾だと思った。

でも、よくよく見ると、それは蛾じゃなくて、白い衣をまとった女の人だったんだ。
その白い女性は、暗く細い路地を、カランカランと乾いた足音を立てて、風のように駆け抜けて行くの。
体にまとった白い衣が、まるで発光してるかのように、ぼんやりと揺れてた。

本当に、大きな白い蛾のようだったんだよ。
私は、その白い女性の後をこっそりと追いかけたの。
だけど、私の彼女との距離はどんどん離れていって……。
暗闇の中に溶け込むように消えてしまった。

彼女を見失って初めて気が付いたんだけど、いつのまにか、見知らぬ場所に迷いこんじゃってたんだ。
繁華街の路地を走ってたはずなのに、今は、樹木が雑然と茂る林の中にいる。
街からそんなに離れていない場所に、こんなうっそうとした林があるなんて……。

辺りには街灯一つ見当たらず、文字どおり右も左もわからない。
私は一歩も動けずにいたよ。
しばらくの間、その場で途方にくれてたんだ。
するとさぁ……。
林の奥の方から、コーン……コーン……っていう、高く乾いた音が聞こえてきたのさ。

闇の中から、強く、弱く響いてくるんだよ。
何だろう……?
……って、気になるじゃん。
私はその音だけを頼りに、暗い林の奥へと踏み込んでいったんだ。
するとさぁ、闇の中にぼんやりと明かりが灯ってるのが見えてきたのよ。

電気の明かりっていうんじゃなくて、かがり火みたいな炎がユラユラ……って感じで。
一歩一歩近付くにつれて、その炎の正体が明確になってくる。
ユラユラと揺れる、頼りない明かりに照らされて、闇に浮かび上がったのは白い衣の女性の姿……!
白い衣に乱れた髪。

頭には鉄輪と、三本のろうそく。
時折見える胸元の鏡と、口にくわえた櫛。
歯の高い下駄をはいた彼女の姿は、間違いなく丑の刻参りの装束だったの!!
1.「…………!!」
2.「…………?」