晦−つきこもり
>五話目(鈴木由香里)
>D3

私の気のせいか。
じゃ、続けるよ。
そのお墓の調査仲間に、岡本のり子さんっていう子がいたんだけど、彼女は、少し変わった趣味を持ってたんだ。
その趣味っていうのがさぁ……。

彼女、ものすごく骸骨が好きだったんだ。
愛してたといっても過言じゃないね。
調査の時って、一つ一つのお墓を丁寧に掘り出していくんだけど、普通、一つの墓に一人分の骸骨が、『屈葬』っていう膝を抱いた姿勢で納められているんだ。

土で埋まっちゃって、多少は形が崩れちゃったりしてるけど、ほとんどそのままで出てくるよ。
その骨を、今度はスポンジとブラシを使って磨くんだけど、彼女は、丁寧に、丁寧に、作業してたっけ。

で、時々、骨をじっと見つめながら、
「この子はいい顔してるわ」
なんていいだすんだ。
生前の顔が、じゃないよ。
あくまでも、彼女が見ているのは頭蓋骨なんだ。
「目の穴の形がいい」
とか、

「バランスは申し分ないんだけど、もうちょっと丸みが欲しい」
とか、付け加えるんだからさ。
普段、私たちが人のスタイルや、顔なんかを見るように彼女は骸骨を見てたんだよ。
ちょっと独特の美的センスだよね。
そんなある日のこと……。

一つのお墓から、素晴らしく原型をとどめた、美しい骸骨が掘り出されたんだ。
やっぱり膝を抱えた姿勢でね、少しうつむいた感じの顔が印象的だった。
岡本さんの影響かなぁ。
私まで、こんなこといいだすなんてさ……。

私がこんな調子だからね、岡本さんのその骸骨に対する惚れ込みようったら、もう大変だったよ。
その骸骨の調査はもちろん彼女の担当だったし、調査が終わった後も暇さえあれば、そばでじっと見つめてた。
時折、話し掛けたりしてたみたい。
もう恋人のように、その骸骨に接していたんだよ。

「この骨って、何だかセクシーだよね」
って、私がいってみたんだ。
するとさ、彼女すっごく嬉しそうに、
「そうでしょ、こう、斜め後ろから見たラインでしょ?」
って、話にのってきたよ。

「うんうん、首から肩のラインが艶っぽくていいよ」
「そうなのよ。私、一目惚れしちゃった」
何のためらいもない台詞だったわ。
あんまりあっさりしてたから、軽いジョークとも思えた。

だけど、それは彼女の真剣な告白だったんだよ。
現場の作業自体が、終了に近付いていた時期だったから……。
彼女は、切実にその骸骨との別れについて考えていたんだね。
調査隊の隊長に、
「あの骨を譲って欲しい」
って願い出たこともあったよ。

もちろん断られてたけどね。
発掘されたものはすべて、まとめて博物館に保管されることになってたからね。
一応、国のものだし……。
けっきょく、岡本さんは骸骨を手に入れられないまま、別れの日を迎えてしまったわ。

でも一、二度断られたぐらいで、簡単にあきらめきれると思う?
彼女にとっては、真剣な恋だったんだよ。
1.あきらめるしかない……と、思う
2.あきらめきれない……と、思う