晦−つきこもり
>五話目(鈴木由香里)
>D5

派手なのがいいのかぁ。
ゴンドラで登場したり、何度もお色直ししたり、高さ三メートルもあるケーキに、入刀したりっていう?
お金が、いくらかかるんだか……。
私には、無駄使いにしか思えないけどなぁ。

うんとお金持ちの人と、結婚することだね。
岡本さんのようにさ。
彼女の結婚式は、そりゃあもう、派手で、豪華で、贅沢だったよ。
出席か、欠席か、迷ったんだけど、いちおう結婚式には出席したんだ。

彼女の旦那様になる人に興味があったからね。
遺跡調査のバイト仲間は、みんな同じ考えだったと思うよ。
つまり……。
骸骨が好きな岡本さんが結婚する人なんだから、きっと骸骨そっくりなんだろうって、みんな思ってたのさ。

披露宴が始まって、新郎新婦が入場してきたよ。
葉子の理想と同じ、ゴンドラに乗っての登場だった。
旦那様はどんな人だろう?
最初のうちは、スモークと、バックライトでよく見えなかったんだ。

でも、やがて場内が明るくなってきて、新郎新婦の姿が、やっと確認できた。
その瞬間、
「えーーーーーっ!?」
私たちのテーブルからは、小さな驚きの声があがったんだ。
岡本さんの旦那様はね、普通の男の人だったのよ。

普通っていうよりは、すごくかっこいい人だった、っていった方がいいね。
私の好みじゃなかったけど、ルックスも良かったし、裕福な家庭のお坊ちゃまだったらしいよ。
こんな派手な式をやろうって時点で、それは明白だったかな?

「素敵な人じゃない?」
「どこで見つけたのかしら?」
なんて、みんな小声で噂してたんだ。
女のチェックってさぁ、厳しいものがあるんだよね。
彼女たちも、まだ結婚を焦る年でもないのにさ……。

羨望の眼差しの中で、その日の岡本さんは、とても幸せそうだった。
それはそうよね。
念願のものが、やっと手に入ったんだから。
そもそも、何故、彼女がその人と結婚したのか……。

顔や性格、家柄にひかれたという理由じゃなかった。
彼女は、やっぱり骨が好きな人だったの。
岡本さんは、彼の骨格に惚れ込んじゃってたのよ。
彼女、例の骸骨とのお別れの時に自殺まで考えてたらしいよ。

それで何とか睡眠薬を手に入れようと、病院に行ったんだ。
その時に偶然、旦那さんのレントゲン写真を見たんだって。
やっぱり一目惚れしたんだね。
岡本さんは、その日から積極的に、彼にアプローチしてたみたいだよ。

それからは、トントン拍子に話が進んで、すんなり結婚が決まったって。
これも一つの運命ってやつ?
でも、結納の時に、旦那さんは一枚の誓約書を書かされたの。
彼女が見せてくれたんだけど、その紙には、

『自分が、妻より一日でも先に死んだ場合には、その骨を火葬にせず、骨格標本とすることをここに誓う』
って、ちゃんとサインまで入れてあったよ。
彼女の言い出したことなんだろうけど、ここまでやってくれる人なんて、他にはいないよねぇ。

よっぽど、彼女のことを愛してたんだね。
なのに、あんなことになるなんてさぁ……。
結婚式のすぐ後だったから、半年以上前になるのかなぁ、海外で日本人の新婚旅行者が、行方不明になるっていう事件があったんだけど……。

年に何件かは、そういう事件が起こってるじゃん。
岡本さんの旦那さんも、その被害者の一人だったんだ。
あれは、どこの国だったか……。
夕方、ふらっと買い物に出かけたまま、戻らなかったらしいよ。

あんまり、治安のいい地域じゃなかったらしくて、未だに行方はわからないんだ。
一人残された岡本さんは、
「新婚早々、不幸な花嫁さんね」
って、世間の同情を集めてた。
私もさぁ、彼女が心細い思いをしてるんじゃないかって、新居を訪ねて行ったことがあるんだ。

でも、意外なことに彼女は元気だったよ。
幸せな若奥さんだった。
とても、世間でいわれてるような可哀想な花嫁じゃなかったの。
他に人がいたわけでもないよ。
家の中には、彼女一人きり。
他の恋人が出入りしている様子もなかったし。

彼女、いったいどうしちゃったんだろうね。
私は、彼女を励まそうと思ってたはずなのに……って、なんだか、おさまりの付かない気持ちのまま、彼女の家を出たんだ。
それからも何度か彼女の家を訪ねたけど、彼女は相変わらず幸せそうだよ。

気になることといえば……。
彼女が、新婚旅行に行った時に買ってきたっていう、骨格標本ぐらい?
標本とはいっても、本物の人骨だよ。
さすがに持ち帰れなくて、後から送るよう手配してたらしいけど、そんなものまで売ってるなんて凄い所だよね。

そういえば以前、
「学校の理科室に置いてある骨格標本は外国から輸入されている」
っていう噂を、聞いたことがあったような……。
岡本さんが入手した骨格標本も、同じようなルートなのかなぁ。

彼女が一人でも寂しくないのは、あの骨格標本のおかげだよね。
骨格の大きさと形から見て、背の高い男の人の骨だと思う。
彼女ったら、名前までつけてるんだよ。
確か、旦那さんと同じ名前だったと思ったけど。

……あら葉子、何、考えてんのかなぁ?
1.恐ろしいこと
2.別に何も考えていない