晦−つきこもり
>五話目(鈴木由香里)
>J6

一番メジャーな意見だね。
やっぱり、ミイラっていうとエジプトって気がするんだ?
まぁ、その数からいっても、本場って感じだしね。
もちろん、他の国だって、ミイラは発見されてるんだよ。

イタリアのカタコンベには、ズラーッとミイラが並べられてるっていうし、少し前には、中国の美女のミイラなんてのも話題になったね、覚えてる?

でも、日本のミイラっていわれて思いつくとしたら、やっぱり即身仏だよね。
エジプトや、イタリアなんかでは、死者をミイラにして埋葬するんだけど、即身仏っていうのは仏教の修行の一つで、生きたまま穴に埋められるんだよ。

お坊さんが山に篭って、米、麦、粟、稗、水の五つを、一つずつ断っていくんだ。
もちろん、これ以外の食料は口にしないよ。
そして三年間たった時に生きていられたら、その人は生き仏になれるんだって。

いったい、どれだけの人が生き仏になれたっていうのかなぁ……。
ほとんどの人が即身仏になり、本尊として奉られてるはずだよ。
私、宗教のことってよく知らないんだけど、この方法で死んでも自殺にはならないんだってね。

まだ、写真でしか見たことないけど、そのうち本物を見に行くつもりなんだ。
とっても気高い、高貴なオーラに包まれていると思うよ。
楽しみだなぁ。
……そうそう、女性のミイラの話だったよね。

それはミイラっていうより、ほとんど骸骨に近いものだった。
ぼろぼろの布をまとってるだけだから、アバラの一本一本までくっきりと浮いて見えるんだ。
詳しい時代の断定は出来ないけど、どうやら江戸の初期から中期にかけてのものらしいって説明されてた。

でもね、奇妙なことにさぁ、発掘された遺跡について、何も説明がないんだ。
たまたま前の調査で一緒だった考古学の先生が、こっそり教えてくれた話なんだけどね、このミイラは、いつのまにか博物館の倉庫で保管されてたんだって。

いちおう、大学の研究室でいろいろな調査をしたらしいよ。
その結果、ミイラが女性であることや、モンゴロイド系の人種であること、血液型なんかは判明したんだけど、どうしても、年代だけが測定できなかった。
毎回、調査結果が違うんだって。

最新の年代測定法を使っても、結果があんまりにもバラバラで、全然役に立たなかったそうだよ。
けっきょく、ミイラの体に付着した埃や衣服から江戸時代のものだろうって、判断するしかなかったってさ。
まあ、たいした歴史的価値はないってこと。
ちょっとがっかりだね。

そんな価値のない、出所不明のミイラなんて、気味悪いだけだと思うんだけど……。
なんで、わざわざ展示しようなんて気になったのかなぁ?

私はさぁ、そのミイラに、あの艶っぽい骸骨に、どことなく似た雰囲気があったからだと思うな。
やっぱりこう……、美しかったんだよ。
骨と皮だけの肢体が絶妙のバランスで、独特の色気を漂わせてた。

考古学者っていったら、その分野の専門家じゃん。
岡本さんほどではないにしても、そのミイラに惚れ込んじゃったんだと思うよ。
私にも、なんとなくわかるような気がする。
他の人から見れば、ひどくグロテスクな代物だろうにね。

それでも、さすがに人目を引くのか、ケースの前にはたくさんの人だかりができてた。
私は、その人ごみの最前列にいて、じっくりとミイラを観察してたんだ。
なんだか、そのミイラを知ってるような気がして……。
そのきゃしゃな骨格が、初めて会う人じゃないって感じさせてたよ。

何故かなぁ?
ひどい胸騒ぎがしてた。
「…………?」
ふいに、私のすぐ後ろに見知らぬ男が立ってたんだ。
私の背中に張り付くように、ピッタリと寄り添ってくる。
私の視界の隅に映ったその姿は、黒いロングコートに黒いサングラス。

もう見るからに怪しい男だった。
その男は、妙にくぐもった声で、私に話しかけてきたのよ。
「岡本のり子さんの、お知り合いの方ですね」
ドキッとしたなぁ。
とっさに、例の噂を思いだしたのさ。

岡本さんの失踪前後に一緒にいたっていう、怪しげな男っていうのは絶対にこいつに違いない!
私は、振り向いてしっかり顔を見てやろうと思ったの。
でも駄目なんだ。
金縛りにあったみたいに、体がピクリとも動かないんだって。

ただ、唯一、喋ることだけは可能だった。
「彼女はどこにいるの?」
「……あなたの目の前ですよ」
「えっ……?」
私の前って……? ミイラが陳列されているだけなんだよ。
それってどういうこと?

男は、私にかまわず言葉を続けてた。
「愛しい人のそばにいたいと、せがまれましてねぇ」
「このミイラが、岡本さんだっていうの!?」
「ヒッヒッヒッ……」
小さく笑う声が聞こえただけで、返事らしいものはなかった。

ただ、なんだかその笑い声と一緒に、ムワーッとひどい臭いが漂ってきてさぁ。
あれって、腐臭ってやつだよ、きっと。

本当に、岡本さんは望んでミイラになったのかなぁ?
こんな、うさんくさい男の話を、葉子は信じられる?
1.信じられる
2.信じられない