晦−つきこもり
>五話目(藤村正美)
>B9

そうですの、彼女と同じですわね。
彼女は、更紗ちゃんが自分の部屋に戻ったら、文句をいいに行こうと思ったのですわ。
それまで、ベッドに戻って休むことにしました。
真夜中ですし、少し寒かったのでしょうね。

ところが、そのままうっかり、眠り込んでしまったのですわ。
疲れが出たのかもしれませんわね。

そのとき突然、誰かが足をつかみました。
ひやりとした感触。
誰!?
顔を上げた彼女の目の前に、ベッドの足元にうずくまり、目だけをのぞかせた何かがいました。
もつれた長い髪、彼女の足首をつかむ細い指。

明かりを落とした部屋の中でも、ぼんやり浮かび上がっているのです。
「ひいいいっ!」
彼女は驚いて、足をめちゃくちゃに動かしました。
つかんでいた力がゆるむと同時に、床に転げ落ちます。

手をついて起き上がろうとしたとき、不意に視線を感じたのですわ。
「…………………………」
みぞおちの辺りが冷たくなります。
見てはいけない!
頭の中で誰かが叫んでいるのに、彼女の目は、ついついそちらを見てしまうのです。
そして、そこに見たのは……!

ベッドの下に、寝そべるようにして隠れている、異形の『なにか』。
光を吸収して、真っ黒な穴のように見える両目で、彼女を見ています。
彼女は立ち上がり、必死に駆け出しましたわ。
ドアに体当たりしましたが、開きません。

鍵がかかっているのです。
震える指で鍵を開け、廊下に飛び出すと、勢いがつきすぎて向こう側の壁にぶつかってしまいました。
額を思いきり打って、一瞬息が止まります。
けれど、今はそんなことくらいで、ひるんではいられません。

ふらつく足を踏みしめ、廊下をヨロヨロと進んでいくのです。
追いつかれたら、どうなるかわからない。
恐怖がひたすら、彼女の足を動かしていたのですわ。
やっとのことで、一階に続く階段の踊り場にたどり着きました。

もう少しで、ここから逃げ出せる。
そう思った彼女が、一歩踏み出した瞬間。
見えない何かに、足を取られたのです。
彼女の視界の中で、景色がぐるっと一回転しましたわ。
彼女は、まっ逆さまに階段から転げ落ちてしまったのです。

そしてそのまま、固い床に叩きつけられました。
全身が、もぎ取られそうに痛みます。
動かそうと思えば動きますが……頭が割れるようです。
しかも、とめどなく血が流れているのですわ。
彼女は無意識に傷を手で押さえ、立ち上がりました。

「さあ、これでわかったでしょ。
ここから出てって」
澄んだ声が、踊り場に響き渡りました。
いつの間にか、更紗ちゃんが立っているのです。

「出て行きなさいよ。これは忠告なのよ!」
「更紗ちゃん……どうして?」
呆然とする彼女に、更紗ちゃんは冷たい視線を投げかけます。
全て、更紗ちゃんの仕業だったというのでしょうか。
それにしても、なぜここまで……。

混乱していた彼女には、背後から近寄る足音に気づくことは、できませんでした。
更紗ちゃんの顔が、サアッと青白くなります。
「早く! ここから出てって……逃げてえっ!!」

「えっ?」
彼女が問い返そうとした瞬間、後ろの暗闇から、ぬうっと二本の腕が突き出しました。
腕は彼女を羽交い締めにします。
抵抗しようとしても、ものすごい力で、できないのですわ。
更紗ちゃんが叫びました。

「やめて、兄さん!!」
「やめないよ。おまえのためなんだ、更紗!」
彼女を捕まえた人物が、そう答えました。
そうなんですわ。
恭介さんだったのです。

「恭介さん……なぜ、こんなことを?」
「更紗のためなんだ。申し訳ないが、死んでもらいますよ」
そういうなり、恭介さんは隠し持っていた注射器を、彼女の皮膚に突き刺しました。
途端に、彼女はぐったりとしてしまったのですわ。

……次に気づいたときには、まぶしいライトの下に縛りつけられていたのです。
周囲を見回すと、見慣れた器具が並んでいます。
これは……!
彼女は愕然としました。
そこは、最新設備の整った手術室だったのです!!

「目が覚めてしまいましたか。しょうがないな」
枕元で、恭介さんの声がしました。
見ると、手術着を着込んだ恭介さんが、満足そうな顔で見下ろしているじゃありませんか。

「急ぎますのでね、このまま手術を始めましょうか」
そういうと、銀色に光るメスの先で、彼女のむき出しの腕をちょんとつついたのです。
抵抗なく皮膚が切れ、そこから一筋の血が流れ出しました。
「健康な体だ……素晴らしい」
恭介さんは、目に妖しい光を宿しています。

両手両足は、しっかり縛られていて動けそうにありません。
絶体絶命ですわ。
葉子ちゃんなら、どうします?
1.大声で助けを呼ぶ
2.なぜ、こんなことをするのか尋ねる


◆2番目の選択肢で「2.気になることは、徹底的に聞く」を、3番目の選択肢で「2.よけいなお世話よ」を選んでいる場合
1.大声で助けを呼ぶ