晦−つきこもり
>五話目(藤村正美)
>Q4

いけない人ですわね。
そんなことでは、いつかきっと、痛い目に遭いますわよ。
そのときになって、後悔しても遅いのですわ。

さて、彼女は二階の一室をもらいました。
隣が更紗ちゃんの部屋、向かい側が恭介さんの部屋だったそうです。
彼女は荷物をほどくより早く、更紗ちゃんの部屋に行ってみましたの。
ノックをしても反応がないので、そっとノブを回しました。

すると、あっさりドアが開くのです。
床に、何か落ちているのが見えます。
拾い上げようと近寄ってみると……首の取れた人形です。
それも、ムリヤリ引きちぎったような……。
「何をしてるの?」
不意に、背後で声がしました。

鈴の鳴るような愛らしい、けれど冷たい声だったそうですわ。
無表情な更紗ちゃんが、そこに立っていたんですの。
「ごめんなさい、ドアが開いていたものだから……」
「出てって」
いいかけた彼女の言葉にかぶせるように、更紗ちゃんはいい捨てました。

そして、彼女の鼻先で、ドアを閉めてしまったんですって。
やがて食事時間になって、食堂で三人が顔を合わせました。
さっきのことを謝ろうと思っても、更紗ちゃんは知らん顔で、スープ皿をスプーンでかき回しています。
しかたなく、彼女はスープを一口、口に運びました。

ところが、口の中で何かが、もぞもぞ動くじゃありませんか!
彼女は思わず、スープを吐き出してしまいました。
白いテーブルクロスの上で、広がる染みに混ざって、うごめいている米粒ほどの…………うじ虫!!
「ううっ!」
彼女は真っ青になりました。

「大丈夫ですか!?」
恭介さんが駆け寄って、彼女の背をさすってやります。
「あ、あの……スープの中に……」
必死にいいかけた彼女は、テーブルの上を指差そうとして、ハッとしました。

今まで、そこにいたはずのうじ虫が、一匹もいなくなっているのです。
「あの……どうかしましたか?」
気づくと、心配そうに恭介さんがのぞき込んでいます。

「いいえ……何でもありません。
すみません、取り乱して……」
彼女は鳥肌を抑えながら、懸命にいいました。
気のせいだったんだわ……。
そう、思い込もうとしたのです。

「それならいいのですが。気分が悪いのなら、そういってくださいね」
恭介さんはいいながら、彼女の前にメインディッシュの皿を置きました。
銀の丸いふたが載った、本格的な物。
彼女が、そのふたを取った瞬間。

彼女は立ち上がり、絶叫しました。
皿の上には、黒っぽいネズミの死骸が横たわっていたのですわ。
「ね、ねず……!!」
涙ぐんだ彼女が、恭介さんたちを振り向きました。
ところが、二人ともキョトンとしているじゃありませんか!

「どうかしたんですか?」
二人とも、彼女の皿を見ているのに、顔色一つ変えません。
どういうことなんでしょう?
彼らには、このネズミが見えていないとでも?
1.二人とも嘘をついていると思う
2.看護婦の彼女の気のせいだと思う