晦−つきこもり
>六話目(真田泰明)
>2V4

俺は掛け時計の所へ行った。
花田さんは、まだそこにいる。
「花田さん、そんなに気に入ったんですか」
俺は花田さんの背中に、そう語り掛けた。

「泰明君、素晴らしい掛け時計だよ。それにこんなに大きいものは、始めてみた」
花田さんは俺を一瞥すると、また掛け時計を見上げた。
「しかし、花田さん、なぜ動いているんですか」
俺も時計を見上げながら、花田さんに疑問をぶつけてみた。

「さあ………、いくら人が住んでいないといっても、百年も放置されていたらこんなに綺麗な筈はないよ。管理人かなんかが定期的に来ているんじゃあないか………」
彼は俺の質問には興味を示さず、そう曖昧に答えた。
突然、時計が鳴る。
俺の鼓動は激しく鳴り始めた。

針を見ると、十時を指してる。
俺は花田さんを見た。
彼は当たり前のような顔をして、静かに時計を見上げている。
俺は自分が、音に怯えたのを隠すように彼に話しかけた。
「凄い音ですね………」
しかし、それは間の抜けた言葉になった。

そして俺は急に回りの目が気になり、周りを見回したが、みんなはそれぞれのものに気を取られ、時計の音を気にしていない様子だった。
「いい音じゃあないか………」
花田さんは、しばらくして噛みしめるようにそう答える。
俺は自分がその音に驚いたことが、恥ずかしかった。

しばらく俺と花田さんは、その時計を見つめた。
あらためて見ると、その時計は非常に美しかった。
(花田さんが気に入るのも、判るような気がするな………)
俺はあらためて、そう思った。
その時計は当時の日本製なのか、輸入したものか、判りかねる。

そんな感じの物だった。
(あれ………)
俺は不思議なことに気付いた。
その文字盤の十二時のところには、数字がなく、妙なマークが書かれている。
俺はそのことを聞こうと口を開いた。
「花田さん………」
その言葉はそこで途切れた。

「泰明さん、そろそろ行きませんか」
河口君が俺を呼ぶ声にさえぎられたんだ。
「ああっ」
そして俺はそう答えた。
「花田さん………」
俺は質問の続きをしようとしたが、それも不発に終わった。

「うん、そろそろ行くか………」
花田さんはそう答えると、扉の方に歩み出す。
俺はさっきの質問を飲み込むと、彼のあとに続いた。
そして俺は食堂を後にする。

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