晦−つきこもり
>六話目(鈴木由香里)
>A3

やっぱり本物だと思うな……。
だって、どう考えてみても哲夫おじさんに、宝石についての詳しい知識があるとは思えないんだもん。
その辺の石ころと、ダイヤモンドの区別がつくのかすら怪しいんじゃないかしら。
きっとこれは、哲夫おじさんのいつもの冗談よ……。

すぐに、『がっはっはっはっは』って豪快に笑い飛ばしてくれるに決まってる……。
みんなの意見も、きっと同じよ。
ところが、そんな私たちの期待を裏切るように、哲夫おじさんは、いたって真面目な口調で語り始めたんだ……。

「いいかい? これは大事なことなんだぞ。特に由香里ちゃんにとってはな……。そうだろ? 由香里ちゃんの左手の指輪、どうやらエンゲージリングとして贈られたものらしいけど、それは真っ赤な偽物だ。よしっ! 自分が、本物のスンバライトってものを教えてやろう」

……あれは、どこの国だったか。
自分は、単身で密林へと踏み込んでいったことがあったんだ。
その密林の奥地に、かつて文明が栄えていたという伝説があってな。
その伝説を記した古文書だけを頼りに、古代遺跡を探してたんだ。

うっそうと茂る緑の木々……。
毒々しいまでに鮮やかな花々……。
どこからともなく響いてくる鳥の鳴き声……。
ネットリとまとわりつくように蒸し暑い空気……。
いやー、浪漫だよなー。

「ちょっと、ちょっと。その話のどこが、本物のスンバライトに関係あるの?」
明らかに不機嫌な顔つきで、由香里姉さんが口を挟んだ。
確かに……。
このまま、哲夫おじさんに喋らせてると朝になっちゃう。

すると、哲夫おじさんは『しまったー』という顔をして、いつもの豪快な笑い声を上げたの。
「がっはっはっはっは。悪い、悪い、スンバライトの話だったな……」
ふうっ、どうやら『オールナイト座談会・山崎哲夫の大冒険』は避けられたみたい。
いいかい?

葉子ちゃんも、由香里ちゃんもしっかり聞いてくれよな。
スンバライトって宝石の原産地は、この密林の奥深くにあったんだ。
そもそもスンバライトって名前は、宝石の原産地付近にあったという幻の文明・スンバラリアン文明の名からつけられたんだぞ。

どうだい? 知らなかっただろう?
しかし、スンバライトっていうのは、非常に貴重な宝石なんだってな。
ほとんど市場に出ない、まさに幻の宝石なんだって?
なんでも、身に付けた人の感情によって、様々な色に変わるっていうじゃないか。

そういえば由香里ちゃんの指輪も、キラキラ色が変わってたよな。
だけど、本物のスンバライトと認められるには、それだけじゃ駄目なんだぞ。
本物のスンバライトっていうのは、宝石に魔人が封じ込められている物を差すんだ。
がっはっはっはっは……。

その様子じゃ、みんな信じてないな。
だがな、これはちゃーんと古文書に書かれてたことなんだぞ。
スンバラリアン文明は、偉大な魔法文明だったのさ。
うーん……、大いなる歴史の遺産!
これぞ、浪漫だよなー。

……それでな、魔人の封じ込められた宝石には、魔方陣のような六角形の星型が浮かぶんだってな。
由香里ちゃんの指輪は、宝石の性質上はスンバライトと同じ物かもしれないが、スター効果がまったく見られないだろ。
だから、本物じゃないっていったんだよ。

意外だったな……。
哲夫おじさんが、こんなに宝石について詳しいなんて……。
でも、それじゃあ、由香里姉さんの指輪は偽物ってことになるの?
由香里姉さんは、手をぎゅっと握り締めて小刻みに震えてる。

「私だって、本物のスンバライトには魔人が封印されているって話なら知ってるわ。この指輪だってプレゼントされた時は本物だったのよ! でも……、ついうっかり魔人を逃がしちゃって…………。
この指輪を手渡された時……。
確かに、六角形のスター効果が現れてた」

私、それが珍しくって、何度も何度も覗き込むようにして眺めてたんだもん。
ところが……、ついこの前のことだよ。
その日は、珍しく婚約者がデートに遅刻しててさ……。
ひまつぶしに、指輪を眺めてたんだ。

そしたらさぁ、スター効果の中央に人の顔みたいなものが見えるじゃん!
私、びっくりしちゃった。
男の人だったわ。
妙にフレンドリーな笑顔の男の顔だった……。

もっとはっきり見てやろうと思った私は、拡大鏡まで取り出したんだけど、なんだか宝石の表面が曇ってよく見えないの。
それで、つい…………。
ハンカチでこすっちゃったんだ。
それが失敗の元だった……。
指輪が急に光りだして……。

そのうちに、白い煙のような物まで立ち込めてきちゃってさぁ。
その煙はモクモク膨らんだかと思うと、一人の男の人の姿になったんだ。
やっぱりニヤニヤと笑ってたよ。
そして、私の前にひざまずいて、

「僕を呼んだね? マイ・スウィート・ハニー。僕の名は風間。いいかい? 忘れちゃいけないよ、プリティ・レディ」
…………って、甘い声でささやいたのよ。

どう、葉子?
突然こんなこといわれたら、どうする?
1.笑っちゃう
2.うっとりしちゃう