晦−つきこもり
>六話目(鈴木由香里)
>P9

やっぱり葉子って素直だね。
そうなんだよ。
この風間家っていうのは、世界一の長寿一家なんだって。
代々、男の子が一人しか産まれない家系なんだけど、気が遠くなるほど寿命が長いんだってさ。

そういわれてみれば、出席してる新郎の親族は、男の人ばっかりで女の人の姿がまったくないの。
どうやら長寿の血は、父から息子へと細く長く伝わるようだね。
もっとも、表立って公表されてはいないから、みんなには初耳だったかもしれないな。

なんで公表されていないかっていうとさぁ……。
人間なら誰でも一度は、不老不死に憧れるっていうじゃん?
人の血を吸いながら、永遠に若いまま生き続けるというドラキュラ……。
不老不死の霊薬といわれるエリクサー。

中国の皇帝が求めてやまなかったという冬虫夏草。
……って感じでさ。
古今東西を問わず、不老不死の伝説って残されてるもんだよね。
ほとんどが迷信だっていうけどね。

そういう迷信の中に、不老不死の人の血を飲むと、自分も不老不死になれる……みたいな噂が多々あるんだって。
そういう噂を鵜呑みにしちゃってるような人たちにとっては、この風間家の人たちの血や身体って、憧れの妙薬だよね。

そういう人たちに狙われるばかりでなく、興味本位や研究目的で近付いてきたりする人だってけっこういると思うんだ。
奇異の目で見られたり、恐れられたり、いわれのない迫害を受けたりっていう災いを避けるためにも、ひっそりと身を隠す必要があったのさ。

他の人たちと接触するのは、一人息子が結婚する時だけ……。
その結婚披露宴に参加できるなんて、超ラッキーだよね。
それにしても、風間家の人たちってさぁ、さすがに不老不死ってわけじゃないようだったけど、やっぱり長寿の秘訣みたいなものがあるんじゃないかな。

だって、みんな若々しかったもん。
顔は仮面で見えなくても、仕草や行動でわかるって。

二百才を越えてるはずの爺さんたちが、ロブスターの殻をバリバリと噛み砕き、鳥のもも肉をムシャムシャ食べるんだよ。
私、おもわず胃の調子は大丈夫なんだろうか……なんて心配までしちゃったぁ。
これも風間一族の特徴なのか、新郎の味覚と食欲にも並外れたものがあったよ。

なんと彼は、高さが二メートル以上もあるようなウェディングケーキを、きれいにたいらげちゃったんだ!
普通の結婚式場なんかだと、ウェディングケーキの中ってほとんど空っぽで、プラスチックの芯にクリームが塗ってあるだけなんだってね。

そうでないと、振動や照明の熱でケーキがもたないんだってさ。
ところが、そこは超高級ホテル。
新郎が食べ尽くしたウェディングケーキも、おかかえの一流シェフが制作したという見事な代物だった。

そりゃ……おいしかっただろうとは思うけどさぁ。
聞いただけでも、口の中が甘ったるくなっちゃうよね。
だけど、そのタイミングが非常にまずかったんだ。
……っていうのも、ケーキ入刀の儀式がまだ済んでなかったのさ。

ほら、『新郎新婦の結婚後、初めての共同作業』ってやつ。
それまでは、口許に微笑みを浮かべてた新婦が、突然突っ伏して泣き始めたから、さぁ、大変!
盛り上がってた会場は、一気にシラケきったムードに……。

司会者が機転をきかして進行を変え、新郎新婦はお色直しのために退室。
どうやら、キャンドルサービスの予定を繰り上げて、その間に代わりのケーキを用意する手筈だったみたい。

思ってたよりも早く新しいケーキの用意が終わり、ある程度の落ち着きを取り戻した頃、ホールの照明が、ゆっくりと消されて……。
長いキャンドルに火を灯した新郎新婦が、再入場してきたんだ。

今度はセリなんて使わず、普通に後方のドアを開けて入ってきたよ。
もちろんバックライトやスモークもなし。
スポットライトが、二人の姿を浮かび上がらせるだけだった。

次々と灯されていくキャンドルの炎が、ちょっと幻想的でロマンチックな雰囲気をかもしだし……。
このまま一気に最高潮へ……!!
って、みんなの期待も高まっていったのよ。
だけど、その時!

「ちょーっと、待ったーーー!!」
って声が響いて、ついさっき新郎新婦が入場してきたドアが大きく開かれたの。
会場中の視線が一点に集中し、すべての照明がつけられた。
そこに立っていたのは、黒いタキシード姿の青年だったんだ。

会場内でただ一人、仮面を着けていない人。
その青年の顔を見た瞬間、新郎は驚きの表情を隠せずにいたよ。
目を見開いて、まじまじと青年の顔を見つめてた。
……ところでさぁ、葉子?
結婚式、新郎と新婦、そして突然現れたこの青年……。

これだけのシチュエーションがそろったわけだけど、この三人の関係ってどんなものだと思う?
1.新婦の昔の恋人
2.新郎の昔の恋人
3.赤の他人