晦−つきこもり
>六話目(藤村正美)
>M5

そうでしょうとも。
あなたは、そういう人。
わかっていますわ、うふふ……。

とにかく、佐原さんはナースステーションに戻りました。
残りの四人も、それぞれのベッドに案内されて、一時間ほどたった頃でしょうか。
戸部さんの病室の、ナースコールが鳴ったんです。
佐原さんは、急いで病室に向かいました。

ベッドの上で、戸部さんは青い顔をして、起き上がっていました。
「どうかなさったのですか?」
戸部さんたら、ぶるぶる震えているじゃありませんか。

「う、うん……いや、何でもないぜ。ちょっと傷が痛くてよ。痛み止めでもくれねえか」
軽い口調でいおうとしていますが、声の震えは隠し切れません。
でも、戸部さん自身が何もいおうとしない限り、他人にできることはありませんわ。

だから痛み止めを差し上げて、ナースステーションに戻ったんですの。
あんなに元気なら、ベッドのジンクスも、今回は効かないだろう……なんて考えながらね。
それから一時間そこそこで、またしてもコールが鳴りました。
やっぱり戸部さんの病室です。

戸部さんは、駆けつけた佐原さんを見ると、まるでかみつくように叫びました。
「てめえ、俺に何飲ませやがった!?」
「何って、鎮痛剤ですよ。効かなかったんですか?」

「い、いや……効いたことは効いたんだが……」
佐原さんが尋ねると、戸部さんの態度がガラリと変わりました。
「……なあ、この病院には、何かやばいことがあるんじゃねえのか?」
佐原さんは、きょとんとしました。

でも、戸部さんは紙のような顔色のまま、言葉を続けるのです。
「さっき、部屋の隅に看護婦が立ってやがったんだ。俺が見たら、ボウッと消えちまったんだよ!」
……正直な話、佐原さんは、もう少しで笑うところでした。

だって、何を大騒ぎしているかと思えば、消える看護婦なんて。
戸部さんったら、寝ぼけて夢を見たんですわ。

「今日は、少し疲れてらっしゃるんですよ。もう、そんな看護婦なんて、出てきません。安心して眠ってください」
佐原さんがそういうと、戸部さんは安心したようにベッドに横たわりました。
ところが、しばらくすると、またコールが鳴ったんです。

行ってみると、さっきよりもっと興奮した戸部さんが、待っていました。
「また看護婦が出たぞ! し、しかも近づいてたじゃねえかっ!」
佐原さんの腕をつかんで、ガクガクと揺さぶるんです。

寝入ってしばらくして、戸部さんは気配を感じて目覚めてしまったんですって。
すると、部屋の隅に、同じように看護婦が立っていたというのです。
しかも、さっきよりもベッドに近づいていたと……。

戸部さんは、血の気が引いて白っぽく見える顔に、びっしょりと汗をかいていました。
本気で怖がっていたんですわ。
仕方なく、鎮静剤を処方することにしたんですって。
そのおかげで、まもなく戸部さんは、寝息を立て始めました。

ナースステーションに、またしてもコール音が響いたのは、それから四十分ほどしてからでした。
戸部さんは、鎮静剤の効果で、少なくとも朝までは眠っているはずなのに?
佐原さんは同僚とともに、その夜何度目かの、戸部さんの病室に急ぎました。

「戸部さんっ!?」
彼は、床に倒れていたのですわ。
顔色は今や土気色です。
薬が効いて動かないはずの体で、必死に逃げようとしたのでしょう。
けれど、佐原さんたちが見ても、部屋の中には誰もいませんでした。

どう考えても、問題は戸部さん自身にあるとしか、思えなかったのです。
明日になったら、カウンセリングに回した方がいいような気さえしたそうです。
佐原さんたちは三十分近くかけて、戸部さんを寝かしつけましたわ。

まだ薬が残っていたこともあって、何とか寝てくれました。
佐原さんのことを、冷たい人だと思います?
1.思う
2.思わない