晦−つきこもり
>六話目(藤村正美)
>AA4

やっぱり。
いけませんわ、笑ったりしては。

人の口にのぼる噂って、のぼるだけの理由があるんですのよ。
以前にも、そうやって噂を馬鹿にした看護婦がいましたわ。
きつめの顔に眼鏡をかけた、野々村さんという方でした。
眼鏡のつるを、指で押し上げるのがくせだったそうですわ。
「非科学的です」
というのが、口ぐせでね。

そんな彼女が夜勤の日に、ある事件が起きたんですの。
病院のすぐ前で、玉突事故が起きたのです。
たくさんの負傷者が出て、うちの病院に運び込まれました。
ところが、困ったことが起きたのです。

うちは大病院ですから、ベッド数は数百ありますし、たいていの事態には対応できます。
なのに、その晩に限って、ほとんどのベッドがふさがっていたのですわ。
ケガをした方を、全員収容するためには、どうしても例の『死を招くベッド』を使わなければならなかったんです。

けれど、幸か不幸か、野々村さんは本当に理性的な人でした。
「そんな非科学的な迷信で、患者を放っておくわけにはいきません。死を招くベッドなんて、ばかばかしい!」
そして、問題のベッドにもケガ人が運ばれたのですわ。
その夜は、もうてんてこまいだったそうです。

手術室も、診療室もフル稼働。
ようやくひと段落ついた頃には、もう夜明け近かったんですって。
けれど、私たちの仕事には、終わりなんてないんですのよ。
患者さんたちの容態を調べるため、見回りに出かけなければなりませんの。

いいえ、そんなこと苦ではありません。
患者さんに尽くし、医学にこの身を捧げる覚悟がなければ、看護婦なんて勤まりませんもの。
だから、そんなことは平気なんです。
見回りをしていた看護婦が異変に気づいたのは、しばらくしてからでした。

運び込まれた患者の一人が、冷たくなっていたのです。
まるで眠るように、いつの間にか、ひっそりと息を引き取ったようでした。
急に容態が悪化するなんて、考えられない軽症の方でしたわ。
あわてて同僚を呼ぼうとして、その看護婦は気づきました。

死者が寝ていたのが、『死を招くベッド』だったということにね。
……表向きは、騒ぎにはなりませんでした。
遺族の方は、事故が原因で死んだものと信じていたのですものね。
けれど、野々村さんは、それですみませんわ。

何もいわないけれど、同僚たちの目は彼女を責めています。
彼女が例のベッドを使わなければ、患者さんは死なずにすんだ……といいたげに。
勝ち気な彼女は、それがたまらなかったのですわ。

「患者さんが死んだのは、あのベッドのせいじゃないわ!」
そういい張っても、帰ってくるのは冷たい視線だけ。
とうとう彼女は、一晩そのベッドで過ごすことにしたんですの。
みんな止めましたが、頑固な野々村さんは、忠告を聞かなかったのですわ。

「大丈夫だってこと、絶対に証明してやるから」
そういって、病室に入っていったきり……再び出てくることは、なかったのですわ。
なぜなら、彼女は死んでしまったからです。
しかも、その死因というのが、少し奇妙だったんですわ。
どういうことかって?

うふふ……じゃあ、葉子ちゃんに問題を出しますわね。
野々村さんの死因は、三つのうちの、どれだったと思います?
1.溺死
2.焼死
3.衰弱死