晦−つきこもり
>六話目(藤村正美)
>X5

そうなんですの。

たった一晩で衰弱して、死んでしまうなんて……。
どう考えても、おかしいですわよね。
みんな、ベッドのたたりだと信じ込みましたわ。
それ以来、例のベッドは使われなくなったんですの。

でも、捨てるに捨てられなかったらしくて……実はまだ、あるんです。
私たち看護婦は、注意事項として、代々そのベッドのことを申し送られていますわ。
信じない人がいたとしても、野々村さんの二の舞になるのは、嫌ですものね。

『死を招くベッド』は、ずっとこのまま放置されるはずでした。
そう、あの事件さえなければ……。
ある晩のことでした。
私の同僚に、佐原さんという女性がいるんですけれどね。
彼女は夜勤をしていたんです。

すると表の方から、ものすごい衝突音が聞こえました。
瞬時に大事故だとわかったそうですわ。
すぐ前の国道で、何台もの車が、玉突衝突したのです。
重傷者もたくさん出ました。
佐原さんたちは急いで、運び込まれてくるはずの患者さんのため、病室の支度を整えました。

それから手分けして、症状の重い方から順に、病室を割り振ったのです。
やがて、待合室には、あと数人を残すだけになりました。
ところが、そのときになって、大変なことがわかったのですわ。
あと残っている患者さんは五人。

それなのに、空いているベッドは四床しかないんです。
残りの一人は、今は個室に隔離された、例のベッドに寝てもらうことになるんですわ。
婦長は、困ったような顔で立ち尽くしていました。

「ふざけやがって!! この俺を後回しにするなんざ、いい度胸じゃねえか!」
突然、一人が立ち上がりました。
大柄で口ひげを生やした、目つきの悪い男性で、戸部さんという名前でした。

軽いケガだったんですもの、緊急時に後回しにされても、しかたありませんわよね。
なのに、怒りおさまらぬ様子でタバコを取り出すと、スパスパ吸い始めるんですわ。
佐原さんは、あわてて声をかけました。

「待合室は禁煙ですわ」
……そうしたら、ムッとしてタバコを床に捨て、靴の底で踏みにじりました。
まったく、なんて不作法な人でしょう!
その側の、髪を茶色く染めた高校生くらいの少女が、ソファに土足を投げ出しました。

「何でもいいから、早くしてよねー。アタシ、もう眠いんだけどお。
ねえ、あんたもそうでしょお?」
隣の青年に話しかけましたが、彼は気弱そうに笑っています。
オドオドしているのに、妙に粘っこい上目遣いで、佐原さんたちを見つめているんですの。

「え……えへへ、僕は別に。本物の看護婦さんが、側にいてくれるだけでいいや……えへへ」
「ゲーッ! マジこいつ、オタッキーじゃん。サイテー」
少女は大げさに顔をしかめ、持っていた空き缶を投げ捨てました。

「無責任すぎますっ! あたくし、知り合いの代議士先生に頼んで、この病院のこと、問題にしてやりますからねっ!」
その向こうで、金切り声をあげた四十代のご婦人は、こめかみに血管を浮き上がらせています。

「こんな深夜に、あたくしのようなか弱いケガ人を、待合室なんかに放っておくなんて。
あたくしの、厚生省に勤める従兄にいったら、ただではすみませんよっ!」
そして、残された最後の一人は、壁に向かって、一人でブツブツいっているのです。

近くによって耳を澄ますと、どうやら同じことを繰り返しているようでしたわ。
「どうせ……どうせ俺なんか……どうせ俺なんか…………」
聞いている方まで、気分が滅入ってくるような、じっとりした口調でした。

この中から誰か一人、あのベッドに寝かさなければならないんですわ。
婦長は、佐原さんに振り向きましたわ。
「佐原さん、あなたの意見を聞きたいんだけど……」
そんなことをいわれても、佐原さんだって困りますわよね。

だって、あまりにもクセのある方ばかりなんですもの。
茶色い髪の、生意気そうな高校生、緒田さん。
佐原さんたちをニヤニヤして見ている、ちょっと不気味な青年、石井さん。
壁に向かってブツブツいい続けているのは、佐藤さん。

こめかみに血管を浮かした、ヒステリックなご婦人は、姫川さんといいました。
そして、乱暴で不作法な、戸部さん。
この中から一人、『死を招くベッド』に案内しなければ…………。
佐原さんは考え抜きましたわ。

葉子ちゃんだったら、誰を選びます?

1.茶色い髪の、生意気そうな女子高校生、緒田さん
2.看護婦好きな暗い青年、石井さん
3.壁に向かってブツブツいい続ける、佐藤さん
4.ヒステリックな婦人、姫川さん
5.乱暴で体の大きな、戸部さん