晦−つきこもり
>七話目(前田和子)
>A4

「ありがとう。……痛かったでしょう。ごめんなさいね」
和子おばさんは、人形を丁寧に取り出した。
私の髪を、人形のふところに忍ばせる。
そして人形を前に抱き、白い着物についていたヒモを肩にかけて、しっかりと結んだ。

「じゃあ、お参りに行きましょう」
「ちょっと待ってくださいよ。二人だけで行くんですか? こんな夜中に」
泰明さんが立ち上がった。

「大丈夫よ。お堂はすぐ近くなんだから。歩いても三分はかからないわ」
和子おばさんは、穏やかに微笑んだ。
「さあ、葉子ちゃん。行きましょう」
和子おばさんに手をひかれ、あかずの間を出る。

廊下は、怖いくらいに静まりかえっていた。
もう、親戚のみんなは帰ったか寝てしまったんだろう。
廊下を歩く音が、やけに響いていた。
玄関を出ると、和子おばさんが懐中電灯をつけた。
外はずいぶん暗い。

懐中電灯だけでは、足元がよく見えない。
「葉子ちゃん、気をつけて。今夜はつきこもりだから」
「……つきこもり?」
「ほら、空を見て。月の明かりがないでしょう。満月の反対で、月がこもっている夜のことをいうのよ。

足元が暗いでしょ……。転ばないように気をつけて」
暗闇の中で、和子おばさんの肩に結びつけられた人形の着物の白さが、ほんのりと光っていた。
あの人形のふところには、私の髪が入っている……。

「思い出すわね。葉子ちゃんのお宮参り」
「えっ?」
「赤ちゃんが生まれてから、大体一ヶ月くらい経った頃に、神社へお参りにいくでしょ。

葉子ちゃんのお宮参りは、この神社でやったのよ。ほら、ちょうどこんなふうに白い祝い着を着せて……」
和子おばさんは、胸に抱いた人形をあやすように揺らした。

「さあ、葉子ちゃん。着いたわよ。まず、この人形を葉子ちゃんに見立てて、お宮参りのまねをするからね」
和子おばさんは、お堂への石段を上り始めた。
私も後についていく。
石段の向こうに、赤い鳥居が見えた。

「知ってる? お宮参りって、もともとは忌みあけのお参りだったんだって」
「忌み……?」

「簡単にいえば、触れてはいけないこと。立ち入るとよくないことがふりかかるって感じかしら。昔はね、出産が忌みとされていたの。
どうしてかしらね。おめでたいことじゃない。子供が生まれるのって」
和子おばさんは、一人でしゃべり続けた。

「良夫も、ここでお宮参りをしたのよ。……あの子、赤ちゃんの時はすごくかわいかったんだから。
今はずいぶんなまいきになってしまったけどね」
和子おばさんは、懐かしそうに鳥居を見た。
目の端が笑っている。

「ついこないだのことのように思えるのに……本当に子供って、すぐに大きくなるのよね。不思議な感じよ。自分が産んだ子供なのに、自分とは違う心を持って成長していくんだから」
一歩一歩、石段を上がっていく。
足元が暗くて、闇を踏みしめているような感じ。

つきこもりの夜……か。
……寒いわ。
近くだと思って、寝間着で来てしまったから……。
ふと見ると、和子おばさんも上着を羽織っていない。
でも、そんなことは気にしていないみたい。
寒いより、緊張の方が勝っているのかしら。

「良夫は、私のことをどう思っているのかしらね」
和子おばさんは、いきなりそんなことをいいだした。
「えっ?」

「あの子、私のいうことを全然きかないのよ。わざと反抗したりもするし」
1.子供って、みんなそうですよ
2.きっと嫌われてるんでしょう