晦−つきこもり
>七話目(前田和子)
>A7

……何?
追おうとすると、影はすぐ、闇にまぎれてわからなくなった。
駄目だわ。
和子おばさんを振り返る。
「あ、あの……」

声をかけても、返事がない。
「和子おばさ……」
和子おばさんは、目を見開いたまま動かなくなっていた。
まさか、死……。
「きゃあああっ!」
私は、夢中で走った。
「痛ッ!!」
途中で転ぶ。

でも、立ち止まってはいられない。
すぐに起き上がり、旧家まで走った。
「た……助けて!!」
「葉子ちゃん?
どうしたんだい!?」
庭で、哲夫おじさんに呼び止められた。

「今、和子おばさんが……石段から落ちて!」
私は慌てて説明し、あかずの間へと進んだ。
「かあちゃんが!?
大丈夫なのか!?」
事情を話すと、良夫がすぐに立ち上がった。

「わ……わからない。どうしよう、それに、お堂のあたりに黒い影が……」
「かあちゃんはどこにいるんだよ?」
「ご、ごめんなさい、お堂の石段のところに、……そのまま……」
「なんだって!?」
良夫の声が震えている。

「良夫くん、落ち着いてくださいな」
正美おばさんが寄ってきた。
「まずは、葉子ちゃんから詳しいことを聞きませんと。黒い影が見えたってことでしたわよね。でしたら、ひとまず逃げたのは賢明な判断ですわ。それが何かはわかりませんが、いつまでもそこにいたら、きっと危険でしたわよ」

「そんなのわかってるよ!! でも、どうなんだよ、かあちゃんは大丈夫なのか? 早く助けにいかないと!!」
「良夫、待てよ! ……俺が確かめに行ってやるから」
泰明さんが立ち上がった。

「よろしければ、私も行きましょうか。応急手当てをしますわ。ほかにも男性が何人か来てくださるといいのですが」
「正美さん、自分も行きますよ!」
哲夫おじさんも腰をあげる。

「えっ、みんな行っちゃうの?
だったら私も行くわ! そのお堂とやらを見てやろうじゃない」
由香里姉さんまで。
「俺も行くぞ!」
良夫が、反対はさせないというように強くいった。

「ちょっと待てよ、これじゃあ葉子ちゃんが一人になっちゃうじゃないか」
戸惑う泰明さんに、由香里姉さんが答えた。

「みんなで行けばいいじゃない。
どっちみち葉子には、和子おばさんがどこで倒れたかを教えてもらわなきゃならないでしょ」
……その時。
急にふすまが開いた。
「きゃっ!!」
思わず声を上げて見ると、三十くらいの男の人が立っていた。

「和弘!」
泰明さんが叫ぶ。
この人が和弘さん?
正美おばさんが、まだ来ないっていっていた人……。
こんな人、親戚にいたかしら?

「遅かったじゃないか、どうしたんだ?」
「ああ、ちょっと、仕事が長引いてね」
泰明さんと和弘さんは、そんな会話をかわした。
「ところで……どうしたんだい、みんな、そんな顔して」
和弘さんは、あかずの間を見回していった。

「いや……何でもない。さあ、みんな行こう」
泰明さんが、そそくさと部屋を出る。
1.一緒に出る
2.引き止める