晦−つきこもり
>七話目(前田和子)
>B15

「あら、何なんですの、その顔は。
かわいそうとでも思っているのかしら。
……嫌ですわ。そんな態度が、よけいこっちの鼻につくんですわよ」

「……ぐ……」
喋ろうとすると、口を塞ぐ手の力が強くなる。
息が思うようにできない。
苦しい……っ。
正美おばさんは、冷たい瞳で語り始めた。
……あなたが死ぬ前に、話してあげましょう。

赤い靴の女の子は、生きていたんですの。
もっとはっきりいいましょうか。
赤い靴の女の子って、私の祖母のことなんですのよ。
あなたのおばあちゃんの仕打ちを恨んで、この前田家の財産を奪ってやろうと、どうにか親戚に嫁入りしたんですの。

かわいそうな人でしたわ。
いつも、いつも恨みごとばかりいって……。
嫁にきて少しは生活が楽になったと思ったら、ずいぶん姑にいじめられたようですから。
そう、どんどん復讐心があおられていったんですわ。

こんな遠縁に嫁いでいながら、前田家の財産をいつか奪うんだって、ずっと思っていたようでした。
悲しいことですわよね。
そんな生きざまを見ていた私は、祖母のようにだけはなるまいと思っていましたの。
人の助けになるような生き方をしようと思ったんです。

それで、看護婦になったんですの。
毎日、毎日、患者さんのことを考えて励みましたわ。
でも……時々思っていたんです。
人助けなんていいながら、私は自分の家族すら救えないでいるって。

実は、最近祖母が亡くなったんですの。
……死に顔は、ひどいものでした。
苦しがっているような、何かを恨んでいるような顔つきだったんですわ。
まだ、死にたくないといっているようでした。
胃ガンだったんですの。

知ってます?
ストレスが溜まると、かいようができたりしますでしょう。
そんなできものが、ガンの予備段階として、注意される場合があるのですわ。
その場合、できものが大きくなるかどうか、定期的にチェックする必要があるんですの。

祖母のできものは、年々大きくなっていきました。
その大きさの分だけ、悩んだり、恨んだりしていたんでしょうね。
祖母の死後、レントゲン写真を見ました。
大きなできものに蝕まれた写真は、ただただ痛々しいだけでした。

それを見て私、決心したんですわ。
祖母の無念をはらしてあげたいって。
だから、前田の家によく出入りしていたわけですけれど……。
今日、和子おばさんが、いきなり祖母の話をするとは思いませんでした。

それに、祖母の呪いを避けるために、お参りをしていたなんて。
祖母に謝るというより、自分の身を守るために、していたようじゃないですか。
許せないことですわ。
そして、チャンスだとも思いました。

この辺に住む方って、結構迷信深いじゃないですか。
和子おばさん達を石段からつき落として、赤い靴の女の子の呪いのせいにするつもりでしたの。
あなたに見られなければ、すべてうまくいくはずでしたのに……。
……ねえ、葉子ちゃん。

こうは思いませんか?
祖母は、あなたのおばあちゃんとの事件がなければ、あんなふうにならなかったんじゃないか……って。
1.そうかもしれない
2.おばあちゃんだけが悪いんじゃない