晦−つきこもり
>七話目(前田和子)
>V8

もう、こんなとこにはいられない。
走って逃げよう!
そう考えた時、風を切るような、妙な音がした。

懐中電灯を向けると、良夫の小さな体が、宙に浮いているのがわかった。
その向こうに、目を見開いた正美おばさんと、哲夫おじさんの顔。
続いて、重いものがぐしゃっと潰れたような、鈍い音が響いた。

「良夫くん!!」
石段を下りる音。
突然のことに、私の思考はしばらく停止した。
今、何が起こったの……?
「良夫くん! 良夫くんっ!」
哲夫おじさんが、良夫の体を揺さぶっているようだった。

「乱暴にしてはいけませんわ!
私が見ます!」
……良夫の具合を見て、正美おばさんは、黙って首をふった。
「ひ……ひとまず戻ろう。和子おばさんと、良夫を家まで運ぶんだ」
泰明さんが提案する。
なんてことなの?

良夫まで、こんなことになるなんて。
まさか、赤い靴の女の子の呪い?
でも、なぜ?
呪いは、女の子にだけかかるものではなかったの?
うつむいた私の肩を、泰明さんがたたいた。

「葉子ちゃん、戻ろう」
私達は、和子おばさんと良夫の死体を、あかずの間まで運んだ……。
「おかえり、……! どうしたんだい!?」
戻るなり、和弘さんが声をかけてきた。
みんな、どうしようと顔を見あわせる。

「話せば長くなるんだけど……」
泰明さんが口を開き、事情を説明した。
「なんだって? 一体誰の仕業なんだ?」
和弘さんは、声を荒げた。

「誰って……わかりませんよ。赤い靴の女の子の霊の仕業かもしれませんし」
哲夫おじさんがいう。

「そんなバカな……。駄目だよ、こんな夜中に神社跡に行くなんて。その子なんか、寝間着じゃないか。変な奴がうろうろしていないとは限らないんだから」
和弘さんが、私を見ていった。
霊なんて、まるで信じていない様子だわ。

いきなり事故が続けて起こって、霊の仕業かと思ったりもしたけれど、その言葉で少し冷静になれた。
そういえば、あの黒い影。
誰か、生きている人のものかもしれない。
だったら、一体誰が?
私は、ちょっと考えてみた。
……さっきの良夫。

みんなの目の前で、石段から落ちてしまった。
でも、あんなに暗かったら、どんな人がつき落としたかなんてわからないわ。
そんなことを考えていると、泰明さんがごそりと動いた。
和子おばさんと良夫の死体に、白いシーツをかけている。

そして、思い出したようにこんなことをいいだした。
「ねえ、葉子ちゃん。さっきのお参りのことだけど」
「え……?」
「これで中途半端にやめてしまったら、よくないんじゃないかな」
いきなり、何をいいだすんだろう。

「今の事故が、赤い靴の子の呪いかどうかはわからないけど、もしそうだとしたら……。
最後までお参りをするべきだよ。
いや、葉子ちゃんがお参りをしないと、このまま赤い靴の子は、他の奴まで襲うかもしれないよね」

「おい、泰明、何をいいだすんだよ」
和弘さんが睨んだ。
「わかってる。葉子ちゃんを行かせるのは、確かに危険だと思うよ。何だったら、俺だけで行ってくるから」
泰明さんは、和弘さんに目もくれず、言葉を続けた。

「……葉子ちゃん。和子おばさんが抱いている人形には、君の髪の毛が入ってるんだろう? このまま放っておくつもり?」
……そうだったわ。

「いいかい? 最初、あの人形を葉子ちゃんに見立てて、お宮参りをしたろう? 次はね、あの人形に七五三のお参りをさせるんだよ。その後で、葉子ちゃんの身代わりに、石段からつき落とすんだ」
泰明さんは、和子おばさんの肩から、人形の着物のヒモを解いた。

「お参りをする時、そんなことをしていたから、人形の首がもげたりしたんだよ。……結構残酷だろ」
泰明さんは、丁寧に、ヒモを自分の肩に結ぶ。

「最後に、お堂の札に拝むんだけど……これは明日でもいいだろう。とにかく、俺は石段に行って、この人形をつき落としてくるから」
1.待って、私も行く
2.駄目、行かないで